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(画像=Jirsak/Shutterstock.com)

多くの資産を持つ富裕層にとって大切なのが、「ノブレス・オブリージュ」という考え方です。欧米諸国では昔から浸透している概念ですが、日本ではまだまだ知らない人も多く、なじみの薄い言葉かもしれません。しかし渋沢栄一、新渡戸稲造など現代日本の礎を築いた先人たちは欧米の文化に学び、日本独自の考え方も元にしてリーダーとなる者に「ノブレス・オブリージュ」の重要さを解いてきました。今回は、世界のトップ富裕層に備わっているノブレス・オブリージュという概念について、日本の将来を担う経営者や起業家に向けて解説していきます。

目次

  1. ノブレス・オブリージュとは
  2. ノブレス・オブリージュの歴史
  3. ノブレス・オブリージュと日本における道徳観
  4. ノブレス・オブリージュを実践する著名人
    1. 渋沢栄一
    2. ビル・ゲイツ
    3. ジョン・F・ケネディ
    4. アンジェリーナ・ジョリー
  5. 「CSR」「三方よし」とノブレス・オブリージュ
  6. ノブレス・オブリージュの注意点
  7. 富裕層ならノブレス・オブリージュを実践しよう

ノブレス・オブリージュとは

「ノブレス・オブリージュ(Noblesse oblige)」は、フランス語の「貴族(Noblesse)」と「義務を負わせる(Obliger)」から誕生した言葉です。この言葉には、財産や権力など社会的地位を有する者は、それ相応の社会的または道義的義務を負わなければならない、という意味があります。多くの富を持つ者から貧困層への富の分配、貴族や富裕層による社会貢献活動が、果たすべき義務ということです。

欧米では一般的な道徳観で、ノブレス・オブリージュ自体に法的責任はありません。しかし、ノブレス・オブリージュに則って行動しない富裕層は、社会的な批判にさらされる、あるいは倫理観や人格を問われることもあります。自己だけではなく他人のために行動できること、社会的模範としてふるまうことが、社会的地位のある人に求められる人物像といえるでしょう。

ノブレス・オブリージュの歴史

ノブレス・オブリージュという言葉は、1808年、イギリスとの紛争下でフランスの政治家ガストン・ピエール・マルクがつくった言葉とされています。

19世紀に誕生したノブレス・オブリージュという概念が欧米に浸透するきっかけはイギリスにあります。貴族制度が古くから根付いていたイギリスにおいて、上流階級に位置する者には、さまざまな特権が付与されていました。しかし、それと引き換えに彼らには、戦争が勃発した際、最前線で身体を張って戦う義務も負わされていたのです。事実、1914年に開戦した第一次世界大戦において、貴族の子息らは自ら戦地へと赴き、先頭に立って敵国と戦いました。

ノブレス・オブリージュと日本における道徳観

ノブレス・オブリージュを日本における武士道の考え方に基づき説いたのは、新渡戸稲造が書いた『武士道』です。1899年に、新渡戸はこの著作(原文は英語)の中で、「ノブレス・オブリージュ」という単語を用いて日本に古くからある道徳観、武士道がいかに培われてきたのかを解説しています。以下に原文と訳を引用します。

The Japanese word which I have roughly rendered Chivalry, is, in the original, more expressive than Horsemanship. Bu-shi-do means literally Military-Knight-Ways-the ways which fighting nobles should observe in their daily life as well as in their vocation; in a word, the “Precepts of Knighthood”, the NOBLESSE OBLIGE of the warrior class.

私がおおざっぱにシヴァリー(chivalry)と訳した日本語は、その原語において騎士道(ホースマンシップ) というよりも多くの含蓄がある。「ブシドウ」は字義的には「武士道」、すなわち武士階級がその職業、および日常生活において守るべき道を意味する。一言にすれば「武士の掟」、すなわち武人階級の「身分に伴う義務 ノブレス・オブリージュ 」である。(『武士道』)

新渡戸もまたノブレス・オブリージュの具現者でした。その功績は後述する渋沢栄一と並んでたたえられ、近代日本をつくった人物とされています。詳しくは『「位高ければ徳高くあれ」ビジネスパーソンが身につけたいノブレス・オブリージュのふるまい事例』をお読みください。

ノブレス・オブリージュを実践する著名人

ノブレス・オブリージュという概念が生まれてから現代まで、多くの著名人がこの考えを行動に移してきました。ここでは実際に著名人たちがノブリス・オブリージュに基づき、どのような規範を示したか見ていきましょう。

渋沢栄一

新一万円紙幣のデザインとして採用された渋沢栄一は、2021年のNHK大河ドラマ主人公としても取り上げられました。近代日本の経済の基盤を築いた偉人として有名です。

渋沢は、現代につながる多くの企業の設立にかかわり、その発展に尽力しました。また経済方面だけでなく、公共事業や国際親善にも注力したことが知られています。

その著書『論語と算盤』の中で、渋沢は人の上に立つ者がもつべき行動の指針を、孔子の論語を紐解きながら説いています。現在の企業経営の指針としてだけでなく、生き方、道徳観に通じるものとして、著書原文(文語体)とともに多くの現代語訳が出版されています。ここでは現代語訳から、渋沢が欧米から学んだ「富める者がもつべきノブレス・オブリージュ」に通じる箇所を引用してみます。

「いかに自分が苦労して築いた富だ、といったところで、その富が自分一人のものだと思うのは、大きな間違いなのだ。要するに、人はただ一人では何もできない存在だ。国家社会の助けがあって、初めて自分でも利益が上げられ、安全に生きていくことができる。もし国家社会がなかったなら、誰も満足にこの世の中で生きていくことなど不可能だろう。これを思えば、富を手にすればするほど、社会から助けてもらっていることになる。 だからこそ、この恩恵にお返しをするという意味で、貧しい人を救うための事業に乗り出すのは、むしろ当然の義務であろう。できる限り社会のために手助けしていかなければならないのだ。」

「高い道徳を持った人間は、自分が立ちたいと思ったら、まず他人を立たせてやり、自分が手に入れたいと思ったら、まず人に得させてやる」という『論語』の言葉のように、自分を愛する気持ちが強いなら、その分、社会もまた同じくらい愛していかなければならない。世の富豪は、まずこのような観点に注目すべきなのだ。」(出典:渋沢栄一著『現代語訳 論語と算盤』、守屋淳翻訳、ちくま新書、筑摩書房、2014)

渋沢はこの著書などに見られる「道徳経済合一説」に基づいて、生涯に約500もの事業・財団創設にかかわりました。一部の人々の利益を求める「財閥」を成すことを嫌い、得た財を自分個人のものとすることはなかったとされています(戦後GHQから解体通告をいったん受けた「渋沢財閥」は、実際には財閥の規模を成しておらず、後に指定解除を受けています)。

ビル・ゲイツ

マイクロソフトの共同創業者であるビル・ゲイツ氏は、2000年にビル&メリンダ・ゲイツ財団(Bill & Melinda Gates Foundation; B&MGF)を創設しました。目的として世界の病気・貧困撲滅への挑戦や、アメリカ国内における国民への教育機会(IT含む)の提供を掲げています。

財団は2006年にアメリカの投資家ウォーレン・バフェット氏からの多額の寄付を受けて規模を拡大、2010年6月にはバフェット氏とともに慈善プロジェクト「The Giving Pledge」を設立しました。ゲイツ氏はプロジェクト設立にあたり、教育や保健など、現代社会の問題解決のために財産の半分以上を慈善団体へと寄付するよう、アメリカの資産家に対して直接訴えかけました。このプロジェクトには、元ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグ氏、映画監督のジョージ・ルーカス氏、Facebook創始者のマーク・ザッカーバーグ氏など多くの著名人が参加しています。

また近年では新型コロナウイルス感染症の治療推進プロジェクトも立ち上げています。日本の富士フィルムの海外子会社、フジフイルム・ダイオシンス・バイオテクノロジーズ(FDB)はこのプロジェクトから治療薬のプロセス開発・製造を受託し、世界へのワクチン供給などに貢献しています。

ジョン・F・ケネディ

アメリカ合衆国第35代大統領である故ジョン・F・ケネディは、就任から暗殺されるまでの約3年間、キューバ危機など様々な歴史的事件に取り組みました。その劇的な人生や名言で知られるケネディ大統領ですが、なかでも高く評価されているのは、太平洋戦争下での行動です。当時、ケネディが艇長として指揮を執っていた魚雷艇が攻撃を受けて撃沈した際、自ら部下たちの救助にあたったとされています。以下の言葉に、ケネディのノブレス・オブリージュの一端が見えるのではないでしょうか。

A man does what he must, in spite of personal consequences, in spite of obstacles and dangers, and pressures, and that is the basis of all human morality. (個人的な不利益があっても、障害や危険や圧力があっても、人は為すべきことをやらねばならない。それが人としての倫理の基礎である)

アンジェリーナ・ジョリー

カンボジア、エチオピア、ベトナムから1人ずつ養子を迎えて育てているのは、「UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)」の親善大使である俳優アンジェリーナ・ジョリー氏です。難民支援のための基金を立ち上げ、また子どもたちへの教育、医療、法律などの支援も行っています。

「CSR」「三方よし」とノブレス・オブリージュ

上記の著名人の例に見るように、欧米においては富裕層個人が寄付や教育支援、医療支援などの形で社会貢献を行うことがさまざまに見受けられます。これらは典型的なノブレス・オブリージュといえるでしょう。

一方、個人としてのノブレス・オブリージュと並行して、企業としての道義的・社会的責任を求める声も年々高まっています。

日本でも近年「CSR(corporate social responsibility、企業の社会的責任)」の理念は企業経営において重要な要素となっています。CSRとは、企業は利益を追求するだけでなく、環境や人権など現代におけるさまざまな問題へ取り組み、社会的な責任を果たすべきであるという考え方です。従業員、消費者、株主(投資者)、取引先、地域住民など、かかわるステークホルダー全てへの責任、そして環境などへの配慮をもって事業経営を行うことが企業に求められています。

古くは日本においても、「近江商人の三方よし(『売り手によし、買い手によし、世間によし』)」に見られるように、利益を社会に還元し多くの人の幸福に寄与することこそが商売の成功につながるという経営哲学がありました。CSR、ひいてはノブレス・オブリージュにも繋がる経営者に必須の理念といえるでしょう。伊藤忠商事の創業者・初代伊藤忠兵衛も近江商人の一人であり、現在の伊藤忠商事も初代の教えを引き継いでいます。

ノブレス・オブリージュの注意点

ここまで見てきたように、ノブレス・オブリージュは富裕層や経営者など、人の上の立場となる者が規範とすべき哲学といえるでしょう。一方で、日本ではまだまだ馴染みの薄い理念でもあり、今後経営者は意識してノブレス・オブリージュを実践していく必要があるのではないでしょうか。

現代において、事業経営は常に時代や社会の変化の波にさらされています。企業の経営者や管理者は、常に予測不可能な事態に備えてかじ取りをしなければなりません。それらの予測不可能な事態が起きたとき、上に立つ者は責任逃れをせず、個人の利益や利権の保持だけを求めずに冷静に処理しなければなりません。これらは単純な危機管理能力だけでは簡単に成し得ることではありません。上に立つ者の人格や道徳性にかかわる能力が求められます。

そして、それこそが上に立つ者の職務であり、責務ともいえます。平時には社会への利益の還元も見据えてふさわしい言動を心がけ、有事にはトップとして従業員やステークホルダーを守ること。これらは古い時代の騎士道、また武士道とも通じる、そして渋沢や新渡戸などの先人が唱えてきたノブレス・オブリージュの根幹ではないでしょうか。

ノブレス・オブリージュは単純に「寄付をすればいい」というようなものではありません。富裕層や企業経営者、組織の中の管理者においても、上に立つ立場の者はつねにいかに会社と社会に貢献するかを考えながら経営に携わる必要があります。それは管理職の者が部下などに対する対応にもあらわれ、円滑な業務やクライアントとの応対にもあらわれることでしょう。ノブレス・オブリージュは自分のすべきことを見据え、「在り方」「指針」とすべき経営哲学といえるでしょう。

富裕層ならノブレス・オブリージュを実践しよう

これまで見てきたとおり、自分だけが儲かればいい、自分の会社だけが成長すればいいという考えではなく、上に立つ者は社会全体への責任をもつ必要があることがおわかりいただけたのではないでしょうか。現在では日本でも、多くの一流実業家・トップ経営層・起業家がインタビューなどでノブレス・オブリージュについて語る言葉を見ることができます。

上に立つ者、資産を持つ者は、富を自らのために使うのではなく、他者に分配して社会に貢献する。そのノブレス・オブリージュの概念を実践することで、社会がより良い方向に向かうことはもちろん、その人自身の社会的価値が高まるといっても過言ではないでしょう。ノブレス・オブリージュを示すため、富裕層はさらに社会に目を向けていく必要がありそうです。

文:福本江里

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