coffee
(画像=akiti/Shutterstock.com)

現代のブロガーやライターは、WiFi設備の整ったカフェでラップトップに向かい仕事をする姿が目につきますが、大正から昭和にかけて活躍した文豪たちも、作品のインスピレーションをえるために、喫茶店に足しげく通いました。時にはその空間から、後世にも語り継がれる作品が多く誕生しています。そんな文豪の足跡を辿る、名店喫茶を5店、紹介しましょう。

銀座カフェパウリスタ

いまや日本人の毎日の生活に欠かせないコーヒーですが、明治時代にはまだまだ馴染みの薄い異国の飲み物でした。1911年(明治44年)にオープンした銀座カフェパウリスタは、文化の発信基地として数多くの文化人が常連として足しげく通いました。その中には、芥川龍之介、菊池寛、谷崎潤一郎、与謝野晶子、森鴎外など、名立たる文豪がこの喫茶を愛しました。「もり・かけ・銭湯3銭」の時代に、1杯5銭のコーヒー(約900円相当)は、文化的な雰囲気の中で西洋のハイカラな飲み物として、文豪から支持を集めました。現在も、銀座カフェパウリスタで使用されるカップやスプーンはかつてのデザインを復元したものです。

アンヂェラス

流行の発信地として銀座がその存在感を示すなか、アンヂェラスは浅草を拠点にしていました。1946年(昭和21年)に創業を開始した老舗は、水で抽出する「ダッチコーヒー」が名物で、この店に引き寄せられていた文豪として、川端康成、永井荷風、太宰治らの名前が挙げられます。特に川端康成は常連としても知られ、代表作の1つでもある「浅草紅団」は、この喫茶からインスピレーションを得たのかもしれません。残念ながらアンヂェラスは2019年3月をもって閉店してしまいました。

ルパン

2018年に創業90周年を迎えたバー「銀座・ルパン」は、華やかな銀座の路地裏にたたずみます。レトロな雰囲気が漂う店内にカウンターが並び、昭和時代にタイムスリップしたような空間がルパンです。文豪にルパンのファンが多かったのは、開店時に泉鏡花、菊池寛などの支援を受けたからです。その縁もあり、永井荷風、有島生馬なども常連となりました。戦時中は一時休業に追い込まれましたが、1946年に営業を再開。すると、かつての常連もまた、ルパンに戻ってきました。その中で特に、ルパンを愛してやまなかったといわれるのが太宰治です。その証拠に、今なおファンが、太宰が腰を下ろした席に座るためにルパンを訪れる姿が絶えることがないそうです。

コーヒーパーラーヒルトップ

奥まった神田駿河台の高台に立つ山の上ホテル内地下1階で営業するコーヒーパーラーヒルトップ。地下といってもアンダーグラウンドのひっそりした雰囲気ではなく、上り坂に面した地理から、大きな窓からは日差しが差し込み、温かみのある空間が広がります。コーヒーパーラーヒルトップに足しげく通い詰めていたのが、池波正太郎です。池波は、通路側の水出しコーヒー機に一番近い席によく座っていたそうです。小説執筆の合間に多くの絵を描いた池波正太郎でしたが、店内にはその絵がいくつも飾られており、今なお文豪の存在感を感じられる喫茶です。

DUG

新宿にあるジャズ喫茶「DUG」は、世界的な作家である村上春樹が通った店として知られています。ネオンに浮かび上がるDUGのロゴは、イラストレーターの和田誠がデザインしたものです。都心の地下にひっそりとたたずむジャズ喫茶は、村上春樹の代表作でもある「ノルウェイの森」にも登場することから、実際の店を訪れるファンも絶えません。レンガ作りの内装は、新宿という立地ながら、都心の喧騒を忘れさせ、落ち着いた雰囲気を提供してくれます。100種類を超えるカクテルにベルギービールなどラインナップも充実しており、歴史を感じる空間で村上春樹の世界に浸ることができます。

文・J PRIME編集部

>>会員登録して限定記事を読む

【関連記事】
いま世界的に「ブランドロイヤルティ」が低下しているわけ?
超富裕層が絶対にしない5つの投資ミス
「プライベートバンク」の真の価値とは?
30代スタートもあり?早くはじめるほど有利な「生前贈与」という相続
富裕層入門!富裕層の定義とは?