コレクション展も見逃せない。巨匠ゴッホめぐりのススメ
(画像=Pecold/stock.adobe.com)

2021年9月18日(土)から、東京都美術館にて「ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」が開催されます。デッサン画を含めた50点以上に上るゴッホの絵画がオランダから来日します。ゴッホ展は、近年は1,2年に一度のペースで開催されており、巨匠ゴッホの作品が一同に鑑賞できることから毎回注目されますが、実は日本でも所蔵している美術館があるのです。ゴッホ展の開催に先駆けてゴッホ作品に出会える全国の美術館を紹介します。

いつ行っても名作ひまわりが見られるSOMPO美術館

2020年7月SOMPO美術館は、東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館から移転・リニューアルしました。同館のゴッホ作『ひまわり』は1987年に安田火災海上保険(現損保ジャパン日本興亜)が、当時の為替換算にして約53億円という高額で落札し、アジアではゴッホのひまわりを見ることができる唯一の美術館として親しまれてきました。

このひまわりは、ゴッホが1988年パリから南仏アルルへと移住した時期に作成された連作の1つです。アルルに画家仲間を呼び芸術家の共同体をつくる構想を持つゴッホは、憧れの画家であったゴーガンがやってくるのを待つ中で、共同のアトリエの壁をひまわりの絵で埋め尽くすことを思いつきひまわりの連作に着手しました。世界的にゴッホのひまわりが有名なのは、未来への希望が、ひまわりに反映されていることや、ゴーガンとのエピソードを感じられることからだと言われています。

現在、同館のひまわりは、原則として常時公開しています(企画展の展示フロア最後の一角に常設展示)。2020年のリニューアルに伴い、保存と見やすさを兼ね備えた新展示環境へ変更されました。映り込みの少ないドイツ製の特注ガラスを採用し、保存の観点から照明はやや暗く感じるものの、色温度の調整により作品本来の色を再現しています。まばゆいほどのひまわりの色彩と力強い筆跡は圧巻の迫力です。

静養中の精力的な制作活動を感じられるポーラ美術館

ポーラ美術館は、歴史ある避暑地、箱根の富士箱根伊豆国立公園の自然に囲まれた地にあります。ポーラ化粧品の2代目社長が、数十年コレクションした19・20世紀の西洋絵画約400点などを収蔵。この収蔵品の中から常設展示すると共にさまざまな企画展を開催しています。現在展示中のゴッホの作品が、『アザミの花』です。1890年に精神科のガジェ医師の治療を受けるために移り住んだオーヴェール=シュル=オワーズで、ゴッホは70点余りの作品を生み出しました。アザミの花もその中の1枚で、ガジェ医師の家で見つけたモチーフだと言われています。同館には、『ヴィゲラ運河に架かるグレーズ橋』(1888年)と『草むら』(1889年)が所蔵されています。

メナード美術館には、ミレーを模写した作品

愛知県小牧市にあるメナード美術館は、日本メナード化粧品株式会社の創業者、野々川大介・美寿子夫妻が収集した美術品を公開する美術館です。常設展示されるゴッホ作品は、ゴッホがオーヴェール=シュル=オワーズに移り住む以前、サン=レミの精神病院で過ごした間に制作した『一日の終わり』(1889~90年)です。

入院中にゴッホは、画家ミレーの複製木版画(版画職人ジャック・アドリアン・ラヴェエィエ制作)の模写に集中的に取り組みました。一日の終わりもミレーの版画を元にモチーフや構図は借りながらもゴッホの独自性の色彩表現が見て取れ、模写に収まることのない別作品となっています。他に2012年に新所蔵された『石膏トルソ(女)』(1887~88年)があります。

ゴッホ初期の作品を収蔵、和泉市久保惣記念美術館

大阪市和泉市で、綿業を営んできた久保惣株式会社から寄贈の美術品を収蔵し久保家旧本宅跡地に建つ美術館です。現在、新館に平常陳列されているのが、『紡ぎ車をくる女』です。1883年から84年にかけてオランダ南部のヌエネンで制作されたゴッホ初期の作品です。

同じ頃に描いた『耕す人』、『機を織る人とベビーチェアの子供』も所蔵しており、初期作品に見られる暗い色使いと、人の働く姿に美しさを見いだしたゴッホは労働者や農民を題材としていることが特徴です。

ゴッホが亡くなる2週間前に描いた『ドービニーの庭』が観覧できるひろしま美術館

1978年、広島銀行が創業100周年の記念事業として設立した美術館です。印象派を中心としたフランス近代絵画と、日本近代絵画を所蔵しています。コレクションの中から、90点を常設展示しており、その中にゴッホの『ドービニーの庭』(1890年)があります。ドービニーの庭は、ゴッホが亡くなる半月前に描かれた最晩年の傑作として有名です。

晩年過ごしたオーヴェール=シュル=オワーズは、ゴッホが尊敬した画家ドービニーの家がありました。訪問した際に見せてもらったのが、本作の元となったドービニーの庭だったと言います。この絵は、ドービニー家の訪問の前から構想されていたことや本作への執着が、ゴッホが弟に宛てた手紙の中にも記されており、感情の赴くままに一気に描き上げたのではなく、慎重に計画されて描かれたことがわかっています。ゴッホの到達した本人にとって間違いなく特別な絵となった本作は、広島を訪れる際には、ぜひ鑑賞したい作品です。

初期作品から最晩年の作品まで日本全国ゴッホ巡りはいかが

ゴッホの作品に会える全国の美術館を紹介しました。短命だったゴッホですが、生涯に約2,000点もの作品を生み出し、最後の最後まで絵に対する情熱は失うことがなかったことがわかっています。

初期の労働者を描いた作品から、画家として絶頂期だったアルル時代に描いた名作ひまわり、そして最晩年の傑作ドービニーの庭が日本国内にあるのは、とても幸運なことです。来日するゴッホ作品を見る前に、日本の美術館が所有するゴッホを巡ってみてはいかがでしょう。

文・J PRIME編集部

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