ライスポーセリン


うつわはおもに料理のためのものですが、作家が作るそれには暮らし方や社会の捉え方まで変えてくれるほどの思想があります。それを知ることはアートに心動かされる感覚ともよく似ていて、かかわることで自分の中の何かが変わるような体験。そんなうつわの「名作」をたどる連載の第15話は、フィンランドのアラビア製陶所が生んだ「ライスポーセリン」。

幻想的なうつわが生まれた背景

ライスポーセリンとは「蛍手(ほたるで)」とも呼ばれる透かし彫りのうつわ。彫り模様は光を透過させると幻想的に浮かび上がり、コーヒーを注ぐと幾何学的なデザインに見えてきます。「蛍手」は、古く中国の明時代(14〜17世紀)に始まったとされる技法で今も用いられていますが、これを1930〜40年代の北欧で、日用の食器に取り入れた人物がいました。フィンランド陶磁を代表するアラビア製陶所の女性作家、フリードル・チェルベリです。

チェルベリは、オーストリア出身の陶芸家。大学で焼物を学んだのち、新天地を求めてアラビア製陶所に入所しました。「アラビア」といえば、カイ・フランクによるデザインの「ティーマ」や花柄の食器などシンプルかつ素朴な北欧食器を連想する方も多いと思いますが、1920年代に「アートデパートメント」という、特に芸術性の高い陶芸を制作する「美術部門」を社内に設立したことでも知られています。

ライスポーセリン
ライスポーセリン
「ライス(=米粒)」のような透かし彫りのモチーフは、配置を変えることで、いく通りも文様が生まれる。


フィンランドのもの作り

アラビア製陶所は、隣国スウェーデンのロールストランド製陶所の子会社として、1873年にヘルシンキのアラビア地区で創業。ロシア市場向けの陶磁器や衛生陶器を生産していましたが、独自のデザインで親しまれ、やがて親会社から独立。ヨーロッパ最大規模の製陶所に成長すると、作るものの芸術性を高めることにも意識を注ぐようになります。東京・神宮前で北欧ヴィンテージ専門店「ELEPHANT」を営み、アラビアについても詳しい吉田安成さんによると「フィンランドは、長くスウェーデンやロシアの支配下にあり自国の資源や技術に乏しい国でした。1917年にロシアから独立を果たして以後は、虐げられていた時代の悔しさを晴らすように、芸術の力で国の威信を示そうとしたと言われています」。

ライスポーセリン
直径12cmほどのボウルは、使うだけでなく飾っても美しい。¥22,000(問い合わせ:ELEPHANT http://www.elephant-life.com/


アラビア製陶所の面白さとは

芸術の質を上げ国家の力を示そうとする気運に呼応するように、アラビア製陶所はアートデパートメントを立ち上げ、創作意欲と向上心にあふれた作家やデザイナーを積極的に集めました。フリードル・チェルベリは、その初期メンバー。ここでは、量産のためのデザインやプロセスに縛られることなく、100%自由に制作することが許され、おもに一点もののアートピースを通して、土や釉薬の実験や試作を行いました。驚くのは、製陶所がそれに応えるだけの設備と技術を備えていたということ。新たな表現が次々に生まれました。作家たちの飽くなき挑戦は、量産部門のうつわを洗練された美しいものにするためのヒントにもなり、製陶所のもの作りの可能性を大いに広げていったのです。

ライスポーセリン
ライスポーセリン
中国で生まれた技法が、カップ&ソーサーやプレート、花器といった西洋食器に用いられてモダンに進化。


ライスポーセリンの誕生

アートデパートメントが生んだ作例のひとつが、チェルベリによる「ライスポーセリン」。中国の宋時代の陶磁器に憧れ、釉薬の色の変化で魅了する芸術的な作品を多く手がけていた彼女は、1930年代の初めに出合った「蛍手」の磁器に魅了され研究を始めます。蛍手は、土が乾ききらない柔らかいうちに、透かし模様の無数の穴を手作業で施したのち、素焼きをして、穴を覆うように透明な釉薬をかけ焼成する焼物。人間の手による細かな仕事がものをいうこの技法は、アラビア製陶所の職人の優れた技術を持ってしても難航し、実に10年の月日がかかったそう。チェルベリは1942年になってようやく、独自の「ライスポーセリン」を完成させました。それは紋様も形状も、正真正銘、西洋で生まれた新しい「蛍手」でした。

ライスポーセリン
ライスポーセリン
丸モチーフが一周する「HELMI」シリーズより、カップ&ソーサー¥14,850 (問い合わせ:ELEPHANT http://www.elephant-life.com/


美しい日用品を

アラビア製陶所は「ライスポーセリン」の完成からさらに4年かけて、道具や釉薬の改善を図り、職人らに技術を身につけさせて量産を可能にします。1946年には、チェルベリ自らが率いる「ライスポーセリン部門」を設立。生産は70年代まで続きました。これには、芸術性の高い「日用品」を人々に届けたいという製陶所の意思が感じられます。製陶所はこの頃、デザイナーのカイ・フランクを迎えプロダクトデザイン部門を設立し、シンプルかつ丈夫で使い易い食器デザインを開発していきますが、一方で「ライスポーセリン」のように装飾的で華奢で、生活に上品さを与える日用品の制作も大切にしたのです。

ライスポーセリン
ライスポーセリン
(画像=透かし文様は職人の手により一つひとつナイフでカットされる。製品の裏にはチェルベリのイニシャルが。プレート¥7,700(問い合わせ:ELEPHANT http://www.elephant-life.com/



「チェルベリの作品はどれも気品を感じさせます。ライスポーセリンシリーズは、アラビアの陶磁器の中でおそらく一番薄く、繊細。6客セットで箱に納められたものを市場で見つけることも多いです。約30年間、量産されていたわけですから、多くの家庭に普及していたのではないでしょうか」という吉田さん。「ライスポーセリン」はフィンランドの人々にとってハレの日に自宅で使える“ちょっといい食器”の定番であると同時に、自国の美しいもの作りを世界に知らしめることのできる、誇りに満ちたうつわだったのかもしれません。

ライスポーセリン
北欧ヴィンテージ専門店「ELEPHANT」では、フリードル・チェルベリの作品を豊富にラインナップしている。 http://www.elephant-life.com/
https://www.instagram.com/elephant_tokyo/

フリードル・ チェルベリ
(プロフィール)
1905年オーストリア生まれ。大学で陶芸を学び、卒業した1924年よりフィンランドのアラビア製陶所に在籍。1932年に設立されたアートデパートメントの創設メンバーとなると、素材と技法に徹底的にこだわり、中国陶磁に発想を得た一点ものの陶磁器の制作を進める。1942年には10年間研究を重ねたライスポーセリンを完成させ、量産化に成功。美術部門長も務め1970年まで在籍した。
衣奈彩子 うつわライター/編集者
(プロフィール)
女性誌編集部を経て2005年独立、子育てをきっかけに家族のおいしい食卓に欠かせないうつわにはまる。なかでも同世代の作家が想いを込めたふだん使いのうつわが気になって仕方がなく、仕事とプライベートの垣根なく作り手と交流し取材を重ねる。うつわを中心に手仕事や暮らしにまつわるテーマで執筆の傍ら、作り手の思いを伝える書籍の編集にも携わる。著書に『うつわディクショナリー』(CCCメディアハウス)、編著に『料理好きのうつわと片づけ』(河出書房新社)
https://www.instagram.com/enasaiko

撮影/白石和弘
http://shiraishikazuhiro.com/

企画編集/横山直美(cat)

※記載の価格はすべて税込表示です。

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