岩崎かおりさん
現代アートの収集と銀行勤務の経験を生かし、アート事業のコンサルタントや企画などを手がける株式会社THE ARTを起業した岩崎かおりさん。経済と芸術文化が結びついた社会を目指し、プライベートでもアートのある暮らしを実践している。


アートはずっと人生の一部だったという岩崎かおりさん。銀行員時代から世界各地で現代アートを収集し、そのコレクションは現在250点。今回は主に所有する日本人作家の作品からその一部を紹介。珠玉のコレクションからは世界的に価値が高まる現代アートの動向や新時代の豊かなライフスタイルが見えてくる。

世界的に愛される日本人アーティストの作品を自宅で堪能

アートと旅行好きの両親の影響で、幼いころから印象派などの近代美術や古典の名作を鑑賞してきた岩崎かおりさん。現代アートとの出合いは大学時代に訪れたパリのポンピドゥー・センターで、「ダイナミックな立体作品や素材の意外性などに、これまで使っていなかった脳や想像力が働くような感覚を覚え、面白いと思いました」

「金融機関に勤めてからは海外のアートフェアを訪れるようになり、休暇を使って通い続けました。数字の金融と感性のアートという対極の世界ですが、自分にとってはバランスが良く、アートは自分らしさを取り戻させてくれる存在でもあります」
やがて世界のアート関係者との交流によって日本と海外のアート市場の格差に気づき、岩崎さんは銀行内でのアート事業を推進していく。「海外のアート市場は活況で、刺激を受けましたし、現代アートはメッセージ性のあるものも多く、世の中が見えてくる。学びの場でもありました」

PixCell-Biwa#2
琵琶を現代アートに昇華させた作品は、日本の伝統と現代美術を愛する岩崎さんが惚れ込み、最初に購入。古い琵琶を修復し、表面に光を放つ塗料を施しガラスビーズで覆った彫刻作品。光がガラスビーズを通ることで色合いに変化が生まれ、角度によって多様な表情が現れる。《PixCell-Biwa#2(Mica)》2016年 名和晃平


最初にアート作品を購入したのは2016年のアート・バーゼル香港で、名和晃平の《PixCell》シリーズだ。「日本の伝統楽器である琵琶と現代美術の組み合わせが美しく、ひと目惚れ。ご本人と会う前に即決しました。今は作家と会話してから購入していますが、会わずに決めた初めの出会いが良い作家で幸運でした。その後、名和さんはルーブル美術館での展示やパブリックアートの制作などでも快挙を遂げられ、その過程を拝見できたのも良い経験になっています」

アウト・オブ・ディスオーダー(ネイビー・ピア) ビーチタオル
1997年にシカゴで開催された『Coming of Age』展のために制作。シカゴ・ミシガン湖岸の「ネイビー・ピア」にある観覧車をモチーフに、ビーチタオルの糸を素材に組み立てた。展覧会名である“新時代”の日常の祝祭性を表現。《アウト・オブ・ディスオーダー(ネイビー・ピア) ビーチタオル》2017年 岩崎貴宏


アートを所有する良さは、「毎日見られること。ひとつの作品でも、日によって見え方が違いますし、元気をもらえたりもします」。また現代アートの場合、作家とコミュニケーションをとることで、より作品を知ることができるという。
「例えば、岩崎貴宏さんからはヴェネチア・ビエンナーレの報告会でお話をうかがい、交流していくなかでこの観覧車の作品を購入しました。特定の土地を深く研究して作品を生み出すアーティストで、アイデアが面白く学ぶことが多いんです」
聞けば近代的な観覧車は19世紀のシカゴ万博で生まれたとのこと。シカゴでの展覧会の際には観覧車を作ろうと、作家自ら現地で実物をリサーチし、地元で見つけたビーチタオルの糸を素材に制作した。「ビーチタオルの糸を引っ張り出して観覧車を作るなんて! 視点を変えたり、物事を違う角度から見ることも大事だなと感じ、身近に置きたいと思いました。購入時にはご本人が広島から東京までいらして、アクリルケースに設置してくださったんです」

《茶垸》2015年《点滴垸》桑田卓郎
伝統的な陶芸の技術である石爆(いしはぜ)梅華皮(かいらぎ)などを現代に置き換え、独創的に表現する桑田卓郎の色鮮やかな茶碗の作品。岩崎さんはほかにも赤や黒、メタリックなども収集。(右)《茶垸》2015年(左)《点滴垸》桑田卓郎


岩崎かおりさん
桑田卓郎のピンクの茶碗はパリで購入。「海外でも日本人の作品を購入していますが、世界を見てこそ日本の良さが見えることもあります。桑田さんは陶芸を現代美術に生かして市場価値を高めたところが素晴らしい。アート・バーゼルの各拠点で目立つ日本人作家です」


「桑田卓郎さんの陶芸作品は次々に購入してしまうくらい大好きです。伝統の陶芸技術を習得した方ですが、現代美術として陶芸の価値を高め、世界のコレクターから注目されています。いびつな部分やひとつひとつの点の表現が違うのも、見ていて飽きないですし、当たり前に物事を考えないことを教えてくれる。行き詰まった時に、ふっと発想力を与えてくれます」
またアートは愛好家同士を繫いでくれる良さもあるという。「桑田さんの作品が好きだという人とは、職業や肩書き、国境を超えてすぐに打ち解けることができるんですよ」

期待が高まる新進アーティストの作品を積極的に収集

《Behind the scene》2018年 井田幸正
一期一会をメインコンセプトとする、井田幸昌の油彩画。岩崎さんは幼いころからアートを見て妄想するのが好きだとか。「この作品は、男性なのか、衣装を準備しているのか?などと物語を想起させてくれる。奥ゆかしさや深みも感じます」《Behind the scene》2018年 井田幸昌


また新進アーティストも続々登場するなか、岩崎さんは将来性を見据えて積極的に作品を収集している。
「井田幸昌さんが面白いと思ったのは、ギャラリーに所属しなくともグローバルな舞台へチャレンジしていること。自分でスタジオを構えて新しいスタイルを切り開いていこうとしている生き方自体が作家らしい。彼の人物画、タッチが好きで、作品の中の物語にも想像をかき立てられます」

生け花》シリーズ 2018年 スピリアールト・クララ
「自然を室内に取り入れ、純化して崇拝する、生け花の本質への関心」が制作の動機というシリーズ作品。中世の修道女が、信仰心からミニチュアの動植物の世界を木箱の中に作ったように、花瓶を描き押し葉や花を配置した。《生け花》シリーズ 2018年 スピリアールト・クララ


時には人との繋がりで新たな才能に出会うこともあり、スピリアールト・クララは銀行勤務時代の同僚の子女だとか。「実際に会ってみたところ、発想力の豊かさに驚きました。花瓶と生花の立体作品を押し花の平面作品でも表現するなど、ひとつのテーマを重層的に生み出し、作品のアイデアも次々に浮かぶ多才な作家です」。日本人とベルギー人の親のもと日本で生まれ、学生対象アートコンペ「CAF」賞2020で最優秀賞を受賞。現在はベルギーを拠点に活動している。
直近では江上越の作品を今年購入。ドイツや中国で学び、グローバルに活躍する作家で、「女性としての魅力や可能性、20代と思えないコミュニケーション能力と知性も感じました。《にじいろ》は女性コレクターに持ってほしいという作家の希望からご縁をいただいた作品です」

《にじいろ》2020年 江上越
「虹はどの色もピュアで美しく、それぞれが輝き、共存し、夢や希望の象徴」と捉えた江上越の油彩画。虹は江上のコミュニケーションに対する認識であり、「コミュニケーションとは互いの距離を縮めるためのものではなく、距離を知るためのものではないか」と問う。「人やコミュニケーションにフォーカスしている作品は時代に合って奥深いです」と岩崎さん。《にじいろ》2020年 江上越


現代アートは投資対象としても注目されるが、岩崎さんのコレクションも実際に全て価格は購入時より上昇している。数倍から10倍になっている作品もあるが、短期的な投資が目的ではなく、どれも手放していない。
「長い目で、アートは人生を豊かにしてくれると思っています。また作品を購入する際、将来性などを見極めるために必ず作家に会うことにしています。アートは作家である“人”から生まれるものですから、スタートアップの経営者にビジョンを聞くのと似ていますね」

日本の作家がもっと活躍できるように、そして日本のアート市場の活性化に貢献したいと願い、今年、自身の会社「THE ART」を設立した岩崎さん。かつて浮世絵など日本の多くの名作が海外に流出したことも踏まえ、今後は日本にアートの宝を残すことも重要だと考える。「皆さんにもこれから伸びていく将来性のある日本の作家をコレクトしていっていただきたいと望んでいます。アートを購入すると、きっと人生は楽しく豊かになると思います。またアートを通して人々は価値観や社会課題を共有することもできる。そのことは現代人が目指すサステナブルな社会にも繋がると考えています」


岩崎かおり
Kaori Iwasaki
(プロフィール)
幼少のころからアート鑑賞を続け、海外のアートフェアでの作品購入を機にアートコレクターに。SMBC信託銀行勤務時代にはアート企画推進担当として日本初となる銀行内でのアート展開催など新事業を開拓。文化庁主催のシンポジウムにも登壇するなど日本のアート市場の活性化に取り組む。2021年株式会社THE ARTを設立、代表取締役社長に就任。経済と芸術文化が結びついた、よりクリエイティブで活性化した日本社会を目指す。http://theart.co.jp

撮影(ポートレート、桑田卓郎作品、スピリアールト・クララ作品)/望月みちか
取材・構成・文/黒部涼子 企画編集/横山直美(cat)

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