明日うつわを変えたなら暮らしが変わるかもしれない。私たちの生活をサステナブルに、美しく変化させてきた現代のうつわの名作物語。

永木卓さんの“注ぐ”うつわ


うつわはおもに料理のためのものですが、作家が作るそれには暮らし方や社会の捉え方まで変えてくれるほどの思想があります。それを知ることはアートに心動かされる感覚ともよく似ていて、かかわることで自分の中の何かが変わるような体験。そんなうつわの「名作」をたどる連載の第14話は、ガラス作家・永木卓(えいき・たく)さんによるボトルとワイングラス。

水とガラスのシンプルな関係

水はうつわによって形を与えられるもの。永木卓さんが作るガラスボトルを見ていると、中に注いだ水が、膨らみのあるうつわの形状に沿って空間に立ち上がるような感覚を抱く。と同時に、青空の下にしつらえたテーブルに持ち出したなら、爽やかで瑞々しい光景が広がるだろうと心躍ります。割れやすいガラスであっても屋外などでカジュアルに使いたいと思う理由は、

薄造りだけれど繊細すぎず、落ち着いた色味が安心感を与えるから。きりっと淡麗なお酒も合いそうです。永木さん本人に聞いてみると「ガラスだから割れそうとか、繊細で緊張するといった印象をできるだけ与えないことを意識して形作っています」とのこと。薄く軽くても、重心を下にとることで、手に取った時やテーブルに置いた時に安心感を抱かせるフォルムを心がける。技法や加飾に凝り、作家性を強く押し出すのではなくシンプルに。使うものとしてちょうどいいバランスや、さまざまな飲料を受け止める余白を持ったうつわを作ることを大切にしていると言います。

永木卓さんの“注ぐ”うつわ
永木卓さんの“注ぐ”うつわ
「ガラスの内側の形、それはすなわち空気の形でもあります」と永木さん。ガラスとコルクを組み合わせた蓋で、空気をふんわりと閉じ込める。


ガラスという素材のありのままを見せたい

永木さんが「リトグラス」という名の工房を持ち作家として独立したのは2017年、38歳の時でした。といっても、ガラスへの憧れは高校生の時にはすでにあって、ある時テレビ番組で琉球ガラスの職人がガラス玉を吹く姿にとてもひかれ、美大のガラス工芸科を目指しました。ところがすぐに入学はかなわず、一度は専門学校に進学するも、やはり大学で学びたいと改めて多摩美術大学を受験。23歳で晴れて大学生となりました。ガラスにはもう20年間近く携わっています。大学の授業では主にアート作品に取り組む日々。板状のガラスの連作や円錐型のガラスの塊を並べたものなど、ガラスという素材のありのままを見せる表現を模索しました。

千鳥 UTSUWA GALLERY
膨らみと直線のコントラストが美しいこちらは花入。¥4,620(問い合わせ先:千鳥 UTSUWA GALLERY https://www.instagram.com/utsuwa.chidori/


うつわを作りはじめたのは、卒業後、ガラス工房に勤めていた2009年頃、長野県松本市で毎年開かれる「工芸の五月」のイベントで、地元の水を使って打った蕎麦を永木さんのうつわで食すという企画に誘われたことがきっかけ。皿、小鉢、片口など主催者のリクエストに応えながらちょうどいいサイズや口当たり、持ちやすさなどについて、真剣に考えたという永木さん。アート作品では経験したことのなかった、使う人やそれをとりまく社会と繋がる感覚を得て、うつわ作りにも面白さを感じるように。

そんな中、独立して最初に手がけた作品こそ、冒頭で紹介したボトルでした。ひょうたん型の他、扁壺(へんこ)型など、インスピレーションは、自然物や古い焼物からですが、透明なガラスにするということは、内側の形まで見える。永木さんいわく、それはすなわち「空気の形が見えるということ」。さまざまな形状のボトルは、ガラスのありのままの性質を見せる表現と、生活で使えるうつわの制作が、ひとつの線でつながりはじめた作品ともいえるでしょう。

千鳥 UTSUWA GALLERY
ひょうたん型や扁壺型のボトル各¥13,750(問い合わせ先:千鳥 UTSUWA GALLERY https://www.instagram.com/utsuwa.chidori/


デザインのこだわりを実用性に転化する

永木さんの作品は縦長のフォルムのものが多く、すーっと上に伸びるラインが印象的。なかでもステムの短いワイングラスは、縦辺も横辺もほぼまっすぐ。工業製品によく見られる平底で、スタッキングしてコンパクトに収納できるのが特徴です。そうした細かな細工の効いたアイテムは、金型を使い機械で量産する工業製品にはあっても、手作りゆえに形が揺らぎやすい作家もののガラス器には実はあまり見られないもの。

千鳥 UTSUWA GALLERY
ワイングラス各¥4,400(問い合わせ先:千鳥 UTSUWA GALLERY https://www.instagram.com/utsuwa.chidori/


「グラスの下部に重心を持たせながら、薄い口当たりを感じてもらうためには、底面から口元にかけて薄くしていく必要があります。その時、グラスの外側だけでなく内側もまっすぐなラインでありたいので、わずかに外側に開くよう形を整えているのですが、目の錯覚でまっすぐに見えると思います」。このわずかな差によって重ねるという機能が実現しました。「うつわは使わずに収納されている時間も長いですよね。そういう時の佇まいの良さも想像しながらデザインしています」。

本格的にうつわを作ると決めた4年前、手作りのガラス器は、世の中にすでにたくさんあったはず。「これから人が食器棚のスペースに追加するならどんなものを好み、美しいと感じるだろうか」。美しさと実用を叶えるさりげないデザインにこだわりながらも、作家性を抑えたもの作りは、使い手目線のもの作りでもありました。

千鳥 UTSUWA GALLERY
ステムのあるグラスを重ねられるというのは、収納にも持ち運びにもとても便利。


にじみ出る作家性こそ、美しい

デザインが良く工業製品のように精巧なこれらの作品は、個人作家のものとしてはシンプルすぎるようにも見えますが、独立当初から作品を取り扱ってきた「千鳥 UTSUWA GALLERY」の店主・柳田栄萬さんはこう言います。「素材も形もシンプルでこれといった特徴がないように見えるので、最初の頃の売れ行きはそれほどでもなかったです。ところがアイテムや色が増えるにつれ、数種類を一緒に並べることで、永木卓らしさがはっきりと見えるようになった。その頃から人気も出てきました。信念を曲げることのなかった彼の粘りが実を結んだのだと思います」。作家性を出しすぎないもの作りをしたい。その思いは永木さんらしさを生む最大の武器。

千鳥 UTSUWA GALLERY
奥から、グレー、アンバー、グレーのワイングラス。薄くまろやかな口当たり。


よく使う色味は、クリア、グレー、アンバーの3色。落ち着きのあるグレーやアンバーは、クリアガラスの制作過程でどうしても出てしまうガラス屑に、金属を配合することで生まれる色なのだそう。無駄も減らすことができるエココンシャスな作品でもあるのです。

ワイングラスはスタッキングするとステム部分が守られるため、そのまま厚手の布にくるめば、屋外にも思いのほか安全に持ち出せる。使い捨てのカップを使わず、口当たりのよい手作りのグラスで、サステナブルなキャンプやピクニックができてしまうのです。注ぐガラス器から広がる、新しい景色を味わってみませんか?

(展示情報)
永木卓・宮下敬史 二人展
2021年7月17日(土)〜7月24日(土)
場所:千鳥 UTSUWA GALLERY
https://www.instagram.com/utsuwa.chidori/
*展示予定は変更することがあります。*


永木卓・ガラス作家
(プロフィール)
1979年神奈川県生まれ。東京ガラス工芸研究所、多摩美術大学美術学部工芸学科ガラスプログラム卒業後、長野県、あづみ野のガラス工房を経て2017年、ガラス作家・田中恭子とともに「リトグラス」設立。現在は全国のうつわ店やギャラリーの展示会で作品を発表している。
https://www.instagram.com/ritoglass
衣奈彩子 うつわライター/編集者
(プロフィール)
女性誌編集部を経て2005年独立、子育てをきっかけに家族のおいしい食卓に欠かせないうつわにはまる。なかでも同世代の作家が想いを込めたふだん使いのうつわが気になって仕方がなく、仕事とプライベートの垣根なく作り手と交流し取材を重ねる。うつわを中心に手仕事や暮らしにまつわるテーマで執筆の傍ら、作り手の思いを伝える書籍の編集にも携わる。著書に『うつわディクショナリー』(CCCメディアハウス)、編著に『料理好きのうつわと片づけ』(河出書房新社)
https://www.instagram.com/enasaiko/?hl=ja

撮影/白石和弘
http://shiraishikazuhiro.com/

企画編集/横山直美(cat)

※記載の価格はすべて税込表示です。

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