大堂浩樹さん


昨年来続くパンデミックにより、世界的に大打撃を受けているレストランビジネス。ニューヨークでも閉店を余儀なくされるケースが相次ぐ中、新たなビジネスチャンスを探りながらチャレンジを続けている店がある。ミシュランスターシェフ大堂浩樹さんによる懐石料理の店〈ODO〉である。

正確にいうと〈ODO〉は大堂さんが代表を務める会社〈Sky Blue Hospitality(スカイブルー・ホスピタリティ)〉の一業態で、傘下にはハンバーガーとオリジナルカクテルが人気の〈HALL〉、日本のウィスキーに特化した会員制のバー〈The Backroom〉、そして去年スタートさせた寿司デリバリーを主体とした食のプラットフォーム〈MUSE〉があり、加えてこの春にはアートギャラリースペース〈THE GALLERY〉も始動した。

HALL NY
〈HALL〉の門をくぐると、元はNYのアッパーイーストサイドにあった古い教会(築1902年)の壁を移築したバーカウンターに迎えられる。ドラマティックな内装デザインは日本で人気のデザイナーである〈SIMPLICITY〉代表の緒方慎一郎さんが手がけた。


HALLのバーガー
京都の一流店で修業を積んだミシュランシェフによるハンバーガーとは? 日本とアメリカのビーフを掛け合わせた和州牛で作られるパテ、そしてケチャップまでオリジナルで作るというこだわりで、〈HALL〉のバーガーはさまざまな媒体でNYベストとして選出されている。© Shuji Furukawa


京都の老舗で学んだ和食をどうNYで発展させていくか?

大堂さんがニューヨークの地を踏んだのは約8年前のこと。京都の老舗、〈麩嘉(ふうか)〉がプロデュースするマンハッタンの精進料理店〈Kajitsu(嘉日)〉の料理長として赴任し、約6年半にわたりアメリカで伝統的な精進料理の地位を確立するために尽力した。そんな中、大堂さんは「自分が本当にやりたいことは何なのか? せっかくニューヨークにいるのだから、もっと自由な発想で面白いことが発信できるスペースが作れないかな? と考え始めたんです」と振り返る。


ODO 大堂浩樹さん
大堂さんは鹿児島県の出身。〈ODO〉オープンの翌年にミシュランの星を獲得、『New York Times』では3つ星のベストレストランとして評価された。NYに渡航する前は半年ほどフランスで農業をしていたという経歴も。「日本野菜を作っているご夫婦のことをテレビで観て面白いと思い、アポもなしに訪ねてしまいました。当時は料理とは違うインプットをしたくて」


子供の頃から物作りが好きで高校の頃は建築の道を志したが、もっと身近な人たちを喜ばせる仕事がしたい、と思い立ち料理人の道へ。料理学校を卒業した後は和食での一番を極めたい、という思いを胸に京都〈和久傳(わくでん)〉の門を叩いた。そして数年の後、食空間などのデザインで知られる緒方慎一郎さんと出会い、東京で新しいコンセプトの懐石料理店〈八雲茶寮(やくもさりょう)〉の立ち上げに関わることになる。

「日本食はかくあるべき、という京都の視点と、こんなアイディアもあるんじゃないか、という東京の視点。デザインに対する美意識の高い緒方さんとは、ヴィジュアルと味が両立する料理のバランスについてもよく話し合いました。京都と東京で食についての見方に温度差がある中、料理に対して自分の頭を柔らかくしてくれたのが〈八雲茶寮〉のプロジェクトだったのです。いま振り返れば、ニューヨーク的な感性もこの時に蒔かれた種だったのかもしれません」


ODO NY
〈ODO〉はカウンター12席のみのエクスクルーシブなオープンキッチンスタイル。NYの隠れた劇場をイメージした空間づくりで、壁にかかっている板は琵琶湖で使われていた舟板だそう。折敷や箸、器などは日本の工芸品を使っている。


日本の茶室からヒントを得た新たな食のストーリーを提案

ニューヨークという食のトレンドが常に発信される街において、伝統的な日本料理をどのように発展させていくか。「まず、自分が新しい店を出すなら和食だろう、と思っていらした方も多かったと思うのですが、あえてまずはハンバーガーを前面に出し、皆さんの期待を裏切りました(笑)。だって日本人が作ったハンバーガーを出す店の後ろに、まるで隠れ家のような懐石料理店がある、って面白いじゃないですか」

ギャラリースペースの構想も初めからあったとか。「これまでレストランとアートギャラリーはそれぞれの役割がきっちり分かれていて接点がなかった。でも料理もひとつのクリエーションと捉えたときに、ニューヨークだったらもっとうまく融合し、派生させていくことができるんじゃないか? もともと日本には“茶室”があって、床の間にはお軸と季節の花があり、お料理が出てきて、最後にお茶を飲む、といった食文化がある。その現代版みたいなことができないかな? と考えたんです」


ODO 華やかな八寸
まるで春の庭のように華やかな八寸。アーティスティックな盛り付けを鑑賞しながらの食事も〈ODO〉での楽しみだ。


ODO デザート
「サプライズのある先付ののちに、お椀でほっこりさせて……。といったコース料理のストーリーを考えるのが何より好き」と言う大堂さん。日本の懐石ではなかなかできないアレンジ、例えばデザートの“水物”として季節のフルーツを使ったカクテルを食後酒的に出す、といった趣向も。© Shuji Furukawa


アートとのコラボレーションから見えてくる食文化の未来とは?

ここまで本格的なギャラリースペースを持つレストランは、ニューヨーク広しと言えどほとんどお目にかからない。「誰もやっていないことにこそ、自分は挑戦していきたい。ついてきてくれる周りは大変かもしれないのですが(笑)。これまで接客をしていたスタッフもアート業界について一から勉強して。もちろんアート界の方々からのアドバイスはいただきながらも、最終的には自分たちの視点でキュレーションまでやりたいと試行錯誤しています」


THE GALLERY NY
レストランの隣にある〈THE GALLERY〉のスペースは昨年、コロナ禍によりNYがロックダウンする2週間前に契約。約1年の準備期間を経て、今年3月11日にオープンした。オープニング企画はファッション写真などで知られるCody Rasmussenによる花の作品を展示。


ギャラリー中央にある大きな黒いテーブルの下には、実は椅子が隠れている。「ここでダイニングもできるような仕掛けなんです。本格始動はこの夏からですが、ここで提供する料理はハイエンドではなく、あえてストリートフード的なものを考えています。ニューヨークのアートとフードがミックスするストリートカルチャー的な空間。もともと、お寿司も日本のストリートフードでしたし、今後はもっと多国籍なメニューもやりたいですね。アーティストから料理への意見も欲しいし、一緒に空間作りからコラボレーションしたいんです」


MUSE NY
故郷である鹿児島のクリエーターや食材を紹介するプラットフォーム〈MUSE〉のプロジェクト第1弾は、大島紬の柄を使ったパッケージのデリバリー寿司をリリース。折しもパンデミックでレストランデリバリー需要が高まった時期だったが、実は1年以上前から企画されていた。


縦割りになった業界ごとのヒエラルキーを超えて、大堂さんの夢はどんどん大きく膨らんでいく。「もちろん、いち料理人としてここだけは曲がったら絶対ダメだな、という本質は守ります。食材を作ってくれた農家の方々に感謝するとか、一期一会で食べにきてくださった方をどれだけ楽しませることができるか、といった基本は京都時代に学んだことですね。ただ、食のあり方も大きく変わっている時代、今後AIが発達したら料理人も要らなくなっちゃうんじゃないか? という未来においては、ただレストランをやっているから食べにきてください、というだけではダメだと思うんです。どれだけ食文化の魅力的な入口を多く提案し、またその引き出しをたくさん作っていけるか、それこそが僕がこれから取り組んでいきたい仕事だと思っているんです」

コロナ禍においては店を開けられない日々も続いたが「新しいプロジェクトを準備するためにはまとまった時間が取れてよかったです。コロナ以降、改めて食の楽しみに気づかれた方も多かったようですしね」と常に前向きな大堂さん。ニューヨークという大舞台で、これからも食文化の新しい発信を続ける。


The Backroom NY
日本製の希少なウィスキーをそろえる会員制のバー〈The Backroom〉。日本の畳を使った空間にジョージ・ナカシマ製のテーブルが空間に息吹を与える。墨、わら、モルタルを混ぜて作った床は、NYのビールバーなどではよく見られるもみ殻の表現を日本的に再現した。奥の写真は杉本博司氏の作品。


The Backroom 大堂浩樹さん
バーテンダーのジェームスさんと打ち合わせ中の大堂さん。レストランやギャラリーは全て隣り合わせとなっており、ニューヨークのアート街へもアクセスがいいチェルシー地区に居を構えている。


ODO

17 W 20th Street, New York, NY
https://www.odo.nyc/

HALL

https://www.hall.nyc/

MUSE

https://sushimuse.com/

https://www.odogallery.nyc/



写真/山田陽 取材・文/市川暁子 企画編集/横山直美(cat)

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