陶芸家・鈴木環さんが作る陶器の薬缶


うつわはおもに料理のためのものですが、作家が作るそれには暮らし方や社会の捉え方まで変えてくれるほどの思想があります。それを知ることはアートに心動かされる感覚ともよく似ていて、かかわることで自分の中の何かが変わるような体験。そんなうつわの「名作」をたどる連載の第13話は、陶芸家・鈴木環さんが作る陶器の薬缶とカフェオレボウル。

鉄のように見えて、陶器の薬缶

写真の薬缶、一見すると、南部鉄器のような鉄製の鋳物に見えるのではないでしょうか。ところが実際は陶製。持ち手(木)とツル(鉄)まですべて作家自身の手作りという珍しい陶器の薬缶は、デザインの良さも手伝ってショップに並ぶとすぐに買い手がつくほど人気です。作るのは陶芸家の鈴木環さん。

鈴木さんは、茨城県で作陶しています。陶器の薬缶を作ろうと思ったきっかけは、作品を取り扱っている栃木県・益子のライフスタイルショップ「スターネット」のスタッフが花瓶に水をさす時に使っていた薬缶でした。おそらくヨーロッパ製のその古い薬缶は「使い込んでボロボロだけど形がものすごくカッコよくて。自分の手で作れないかなとぼんやりと考えていたんです。そんな時、薪ストーブを扱う会社の方と話す機会があって。そうだ、この質感を目指そうとひらめきました」と鈴木さん。

鈴木環さんが作る陶器の薬缶
ボディと注ぎ口をつなぐパーツも粘土で精巧に制作。手に持つとずっしりと重く安定感がある。


形と質感にこだわり抜いて開発に丸3年

思い描いたのは、煙突のついた真っ黒な鋳物製のストーブ。マットで重厚な黒でした。ただ、土瓶や急須といった注器を作る陶芸家はいても、鋳物の質感で、それもヨーロッパスタイルの薬缶を手作りした個人作家は過去に例がありません。薬缶は、水を入れたまま放置することもあるし、ストーブの上では長時間火にかけ続けることも多い。ヘビーに使っても、割れたり水が漏れたりしないようにする必要があり、材料や釉薬のテストには時間がかかりました。ボディ、注ぎ口、蓋とパーツごとに作り組み立てるため、成形もひと苦労。結局、理想の形と鋳物の質感を安定して出せるようになるまで3年もかかったそう。耐熱土を用いているためじっくりと温まり冷めにくく、釉薬をかけているため錆びない薬缶は、現代陶器の世界で、唯一無二の存在となっています。

陶芸家・鈴木環さんが作る陶器の薬缶
陶芸家・鈴木環さんが作る陶器の薬缶
ジンバブエ産のベタライトという長石をボディにも釉薬にも使うことで、鋳物のような質感を実現。耐熱薬缶Large ¥38,500(底径18cm、持ち手まで高28.5cm。問い合わせ先:スターネットhttps://www.starnet-bkds.com/)


あくなき理想を陶器で表現していきたい

鈴木さんのものづくりの面白いところは「こんなものがあったらいいな、欲しいな」という理想が、他の人なら容易に手を出さない領域にあること。そして、その理想を現実にしてしまうところでしょう。それはフランスのカフェオレボウルをイメージして、30年以上作り続けている「ピジョン」シリーズを見てもよく分かります。

ピジョン
白の質感と手触りの良さが魅力の「ピジョン」。てのひらに包んだときに鳩(=仏語でピジョン)のように見えることから名づけられた。


「ピジョン」は、マットだけれどつるりとした白。焼物の定番でもある「粉引(こひき=素焼き前の土に化粧土と呼ばれる泥状の釉薬をかけ焼成する技法)」ですが、初めて制作した1990年頃には、粉引をこんな質感に仕上げる作家はあまりいませんでした。ざっくりとした白や、貫入と呼ばれるひび(=土と釉薬の収縮率の違いにより生じるひび割れ)が景色のように刻まれている粉引が美しいとされていたからです。しかし鈴木さんには、それまでよいとされた粉引が、生活に合わなくなるのではないかという予感がありました。

ピジョン
高台にむけてキュッとしたラインを描くフォルムは、中国の古い陶磁器が好きだという鈴木さん流のカフェオレボウルの解釈だった。


鈴木さんは1963年生まれ。陶芸を学び独立したのは1987年。この連載の過去の記事でも触れましたが、時代はバブル経済真っただ中で食生活に変化が生じ「家で食べるメニューにスパイスカレーや中華というような色の濃いものや、油分の多いものが増えてきた実感がありました」と鈴木さん。焼物の貫入は、景色としては綺麗ですが、料理が浸みて汚れたり、放置するとカビの原因にもなる。「普段使いする時に、貫入に負のイメージを抱く人がいるのではないかと考えました。だから私は、貫入のない粉引を目指したんです」

ピジョン

ピジョン
ベースに黒い土を使っているため、化粧土と黒が混じりあい温かみのあるムラを生み出す。入れ子にしても美しい。


目指すのは、琺瑯のような陶器

貫入の発生は、土と釉薬の収縮率の差を少なくすることで抑えることができる。探究心の強い鈴木さんは、使っている土と相性のいい原料を世界各国から探してきます。「化粧土が変わると土との相性が変わる。これまで何度も原料を変え、その都度テストを繰り返してきました」。目指すのは、琺瑯のような白。それにはカオリンという原料を使います。「2~3年前まではフランス産のカオリン、いまは、ニュージーランドのものを使っています。取り寄せて使いますが、地球儀を巡っているような、旅しているような感覚が楽しいですよ」

ピジョン
「ピジョン」シリーズは、お猪口、湯呑み、小鉢、スープボウルとして多彩に使えるサイズ展開。手前から、プチプチ(径5.5cm、高5cm)¥1,650、小¥2,530、中¥3,080、大¥3,520(問い合わせ先:スターネットhttps://www.starnet-bkds.com/


「ピジョン」シリーズは、リピーターも多く注文の絶えない作品で、多い時は月に400個以上出荷するといいます。土の成形から化粧土掛け、焼成、仕上げまで、すべて鈴木さんひとりで行ない、他にもポットやマグカップ、陶器のバケツや玉ねぎ型のオブジェといったユーモアあふれる変わり種も人気の作品。鈴木さんのインスタグラムには、毎日コツコツと妥協なく制作を進める姿があります。毎年2、3月の2ヶ月間は薬缶や耐熱鍋の黒い仕事に専念。それ以外は白の仕事をするというルーティンワークは、たったひとりで運営する工場のよう。「私は、工業製品も好きなんです。薬缶やバケツのように、形を変えずに長い間作られているものには理由がある。それはつまり、人々に使い続けられているということですよね」。

では、工業製品の薬缶を手本にして、あえて手作りする理由は何だろう。「手で作るとその形に呼吸が入るというのかな、ゆがみやムラが出る。そのあいまいさが大事だと思うんです」と鈴木さんは言います。工業製品との差はそれくらいわずかなもの。だけど不思議なことに人は、手作りのものに自然と柔らかさを感じ取る。黒い薬缶も白いカフェオレボウルも、鈴木さんの作るものは、手に取った時に冷たくない。鈴木さんの作る道具もうつわも、本当にさりげなくですが、暮らしの風景を変えていくものなのです。


鈴木環・陶芸家
(プロフィール)
1963年茨城県生まれ。文化学院陶磁器科卒業後、茨城県桜川市で開窯。今は個展を行わず、全国のうつわ店やライフスタイルショップの常設やグループ店にて作品を発表している。
https://www.instagram.com/k.s1120/
衣奈彩子 うつわライター/編集者
(プロフィール)
女性誌編集部を経て2005年独立、子育てをきっかけに家族のおいしい食卓に欠かせないうつわにはまる。なかでも同世代の作家が想いを込めたふだん使いのうつわが気になって仕方がなく、仕事とプライベートの垣根なく作り手と交流し取材を重ねる。うつわを中心に手仕事や暮らしにまつわるテーマで執筆の傍ら、作り手の思いを伝える書籍の編集にも携わる。著書に『うつわディクショナリー』(CCCメディアハウス)、編著に『料理好きのうつわと片づけ』(河出書房新社)
https://www.instagram.com/enasaiko/?hl=ja

撮影/白石和弘
http://shiraishikazuhiro.com/

企画編集/横山直美(cat)

※記載の価格はすべて税込表示です。

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