白漆のうつわ


うつわはおもに料理のためのものですが、作家が作るそれには暮らし方や社会の捉え方まで変えてくれるほどの思想があります。それを知ることはアートに心動かされる感覚ともよく似ていて、かかわることで自分の中の何かが変わるような体験。そんなうつわの「名作」をたどる連載の第12話は、木工家・三谷龍二さんの白漆(しろうるし)のうつわ。

モダンな空間に似合う漆のうつわ

三谷龍二さんは木工家。無垢の木から削り出しオイルを塗るというシンプルな仕上げにより、木目や木の質感をいかしたカトラリーやうつわを1980年代に先駆的に作り始めた作家です。当時、木のうつわは少なく、あったとしてもウレタン塗装のものがほとんど。オイル仕上げは画期的なことでした。

そんな三谷さんが白漆のうつわを作ったのは、制作を始めて15年が経った頃。「朱の漆器は祝いの場にはふさわしいが、日常の空間では主張が強すぎる気がして、僕の好きな白いうつわや他の木工品とも馴染みのいいものが欲しかった」と振り返ります。

白漆のうつわ
白漆リムスープ皿
たっぷりと漆を塗ったとろりとした表情がたまらない白漆リムスープ皿(参考商品) 展示会でのみ購入可能。 展示会情報は、こちらから。(http://www.mitaniryuji.com/


はじめて見る、漆の景色

なかでも「HAKUBOKU」という名の深鉢をはじめて見た時の高揚感を、筆者は忘れられません。使うためのうつわなのにまるで絵画のよう。聞けば、木地を黒の植物染料で染めた後に数回、拭き漆(漆を塗り布で拭き取る技法)を重ね、その上に白漆を施すことで下地の黒が顔を出す。そのため絵の具の筆跡のようなムラが生まれるとのこと。白漆は、漆の木から採取した樹液(生漆)を精製したものに白い顔料を混ぜますが、白漆と呼んでいながらベージュ色なのはベースとなる漆が茶色がかっているからだそう。白の割合によりその作家ならではの白漆が生まれます。

深鉢
深鉢
HAKUBOKU 深鉢(山桜・参考商品)


三谷さんはうつわ作りの傍ら、人形やオブジェなど造形物や絵画制作もしています。特に絵画は、身近にある木板をつなぎ合わせ白を塗った下地にテンペラという天然の塗料で描き、カサカサとしたテクスチャーも作風のひとつ。筆跡がいい具合に残っています。そのニュアンスは、白漆のボウルに残された刷毛目やムラにとても似ている。木工家、造形作家、画家としての三谷さんが、深鉢の上で出会い、心地よく仕事している様子が目に浮かぶよう。「刷毛で仕事するのは幸せなんです。作る僕の息づかいが筆を通して伝わるから。筆の動かし方によってムラになったり、下地が見えたり、毎回違うのが面白いと思います」。

蕎麦猪口
漆塗りのおかげで口当たりがなんともスムース。お茶やコーヒーにおすすめの白漆蕎麦猪口 参考商品、黒漆蕎麦猪口(内白漆・参考商品)


漆と刷毛を用いてうつわに描かれた景色は、料理やお菓子の背景となり、食卓に美しい風景を作ります。白漆のクリーミーなベージュは、いつもの料理をちょっとリッチに見せてくれる。リムボウルに注いだスープは、陶磁器に盛りつけた時よりもこっくりと温かく感じられるし、プレートに野菜を盛り付けると、まるでパレットに広げた絵の具のように色鮮やか。オイル仕上げの木のうつわを制作してきた三谷さんが白漆にいたった理由は、他の食器との相性の良さもあるけれど、それ以上に「生活に一番大事な食事の土台となるものを、自分に合うようにきちんと整えることが大事」というメッセージにも思えてきます。

暮らしが第一、の作り方

三谷龍二さんが「木でなにかを作って生きてこう」と志したのは、1981年。10代後半から携わった演劇の世界を離れ、縁あって、木材が豊富で家具作りの盛んな長野県松本市に降り立ったことがきっかけでした。木工の訓練校で家具作りを学びますが、工房はおろか機械を購入する余裕はない。「家の六畳間で制作できる木工品はないだろうか」と考え思いついたのは、小さな木のブローチ、そして、毎日使える木のスプーンでした。個人作家が作る木のカトラリーは珍しいものでしたが、人の体の中で一番といっていいほど繊細で敏感な「口」に触れるものが伝えられることは、とても大きかった。木の道具がもたらすやさしい感触や口当たりの良さに目覚め、リピートして買う人が増えていきました。「高額で立派な家具でなくとも、匙のような小さな働きものを通して、人の暮らしを豊かにできるのではないか」と感じた三谷さん。これがもの作りの原点となりました。

カトラリー
カトラリーは形状によって硬さの違う木を使い分けている。パンケーキナイフ(ハネカワ・参考商品)、パスタフォーク(ハネカワ・参考商品)、食卓匙S(山桜・参考商品)


続いて作ったのは、バターケース。木の塊から1個1個削り出して作るため、ぐるりと繫がる木目がなんとも美しい、いまとなってはロングセラーのヒット作です。市販の200グラムのバターがすっぽり入るサイズ。付属のナイフは溝にそって斜めにいれると、ほんのちょっとだけお尻がはみ出し取りやすい。木は熱伝導率が低いので、冷蔵庫にいれてもバターが硬くならずストレスなくぬれるなど、シンプルな箱に見えて使い勝手をとことん考え抜いた名作です。

バターケース
カトラリーと同じくロングセラーのバターケースは、油分が木肌に染み込むことで経年変化しいい色と艶に育っていく。バターケース 参考商品


日々のうつわを作るということ

2005年に三谷さんがはじめて執筆した書籍『木の匙』(*1)に、うつわについてこんな言葉があります。「手のひらで水を掬う、その手のひらの形がうつわの原形だと思う。だから水を受けるように、中心が少しだけ窪んでいれば、(中略)それ以外の造形に関しては、うつわはとても自由だということになる」。高台のないボウルやリム皿などの洋皿、バットみたいな四角い皿など、それまでの日本の食器になかった形も積極的に木で作っていきました。なぜならどれも現代の暮らしの中で「あったらいいな」と思うものばかりだったから。

今、世の中を見渡してみると、昔より料理にかける手間ひまは減り、お茶碗とお椀をしつらえて一汁三菜の献立を食べることも以前より少なくなる一方、洋食やワンプレートメニューが当たり前になりました。「生活スタイルがカジュアル化すれば、不必要なものが出てくるのは仕方のないこと」と三谷さんは言います。その中で「ものの原形のようなものを見つけようとして作ると、長く使えるものが生まれるという気がします。生活様式が変わっても人間の身体の造りやサイズというのはそれほど変わらないはずですから、人が暮らす上でどうしても必要なもの、存在すべき必然性を持つものがあるでしょう。それを形にするのが工芸ではないかと思っています」

飯碗
飯碗
何年も使い込んで飴色になったオイル仕上げの椀(三谷さん私物)。使う頻度や扱い方によって経年の仕方が異なる木のうつわは、生活の記憶そのもの。飯椀(山桜・参考商品)


*1 『木の匙』新潮社(2005)


三谷龍二・⽊⼯家
(プロフィール)
1952 年、福井市生まれ。1981年、長野県松本市に工房PERSONA STUDIOを設立。木のうつわを作り、それまで家具中心だった木工に新たな分野を開く。1985年「クラフトフェアまつもと」の運営に参加。2011年松本市内にギャラリー「10cm」を開店。工芸と暮らしを結ぶ活動を続け、工房は今年40周年を迎える。近著に『すぐそばの工芸』(講談社)、『弱さの工芸』(10cm発行)、共著に『工芸批評』新潮社
http://www.mitaniryuji.com/
衣奈彩子 うつわライター/編集者
(プロフィール)
女性誌編集部を経て2005年独立、子育てをきっかけに家族のおいしい食卓に欠かせないうつわにはまる。なかでも同世代の作家が想いを込めたふだん使いのうつわが気になって仕方がなく、仕事とプライベートの垣根なく作り手と交流し取材を重ねる。うつわを中心に手仕事や暮らしにまつわるテーマで執筆の傍ら、作り手の思いを伝える書籍の編集にも携わる。著書に『うつわディクショナリー』(CCCメディアハウス)、編著に『料理好きのうつわと片づけ』(河出書房新社)
https://www.instagram.com/enasaiko/?hl=ja

撮影/白石和弘
http://shiraishikazuhiro.com/

企画編集/横山直美(cat)

※記載の価格はすべて税込表示です。

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