スタイリスト小沢宏さんの究みの2本の腕時計、 〈A.ランゲ&ゾーネ〉と〈パテック・フィリップ〉
30代から集め始めた腕時計のコレクションも、歳を重ねるにつれて次第に整理されてきたと語る小沢宏さん。時間を知るツールとしての意味合いが薄れてきた今、腕時計は小沢さんにとって、一生を通しての佇まいのあり方につながるものだ。


数々のファッション雑誌でのスタイリングや、アパレルのブランディング、またデザイナーとして、日本のファッションシーンで活躍を続ける小沢宏さん。数々の一流品を目にし、愛用してきた小沢さんが行き着いたという究極の腕時計2本を見せてもらった。その究極たるゆえんとは?

クラシックとエキセントリックが混在する、〈A.ランゲ&ゾーネ〉の《ランゲ1》

A.ランゲ&ゾーネ
1845年に創業したドイツの時計ブランド〈A.ランゲ&ゾーネ〉は、完全マニュファクチュールで世界五大腕時計に数えられる。第二次世界大戦で本社が破壊され、東西分裂によって一度消滅。ベルリンの壁崩壊後に東西が統合された時、創始者の孫にあたるウォルター・ランゲが復活を果たした。この《ランゲ1》は復活を記念して作られたシグネチャーモデルである。


小沢さんが一流メゾンの腕時計をコレクションするようになったのは、30代に入ってから。それまでは、トレンドのファッションアイテムとして身に着けることが多かった。例えば90年代前半に流行っていた〈G-SHOCK〉や〈スウォッチ〉、〈ロレックス〉でもファッション性の高いアンティークのもの。仕事が順調になるにつれ、その対価としてを買うようになり、特に半年に一度のファッションウィークにミラノとパリを訪れるようになると、その機会にコレクションを増やしていった。〈ブルガリ〉、〈フランク ミュラー〉、アンティークではない〈ロレックス〉……。

「ある時、パリの高級時計専門店のショーウインドウで見たのが、〈A.ランゲ&ゾーネ〉の《ランゲ1》でした。ドイツのブランドで、あまり周りに着けている人も見かけないけれど、僕は職業柄この時計を知っていて、ブランドのストーリーとデザインがとても印象的でした。30代の僕にはまだ分不相応なほど高価でしたが、どうしても惹きつけられてしまって、最終的には奥さんに承諾を得て購入しました(笑)」

使うほどに魅力が増し、自分自身にとっての価値が高まる時計

「《ランゲ1》はファーストインプレッションで購入したものの、使うほどに魅力が増していく時計でした。僕はスペックにこだわるタイプではないけれど、それでも楽しい発見が多かったんです。視認性の高い大きな日付表示や、時分と秒が分かれたオフセンターダイヤルの何とも言えないデザインのバランスとか、手巻き式のゼンマイがどれくらい巻き上げたかわかるガソリンメーターみたいなのもユニークだし。この時計を着けようと決めたら、まずはゼンマイを巻き上げて、日付を合わせることから始める。この3分ぐらいのちょっとした“儀式”もいいんです。日付を変えるプッシュボタンもおもちゃをいじっているような感覚が楽しいし、クラシックでありながらどこかエキセントリックな独特の雰囲気が、どんどん魅力を増していきます」

クローズアップした腕時計
最も特徴的なのが大きな日付表示「アウトサイズデイト」。ケースの左上にあるプッシュボタンをカチカチと押して、1日ずつ日付を進めていく仕組みが「おもちゃみたいで楽しい」と小沢さん。日付の右下にある1本針、ゼンマイの巻き上げ具合を示す「パワーリザーブ表示」もユニークだ。


クラシックでエキセントリック。そのバランスを自身のスタイリングに落とし込むには、ファッションのスペシャリストであっても、若き頃にはなかなか上級だったようである。小沢さんは、《ランゲ1》と服のスタイリングの関係を独自の数式で表現する。
「《ランゲ1》のテンションを『3』とすると、30代の頃は装いも『3』で臨んでいました。掛け算すると、《ランゲ1》を着けたときの僕のスタイリングのテンションは『3×3=9』。『9』というのはマックスに近い感じだと思ってください。おそらく時計に負けないように気を張っていたんだろうと思います。あれから15年以上経った今、《ランゲ1》のテンションは変わらず『3』だけど、僕自身の装いはもう気負うことなく『1』でもこなせるようになりました」
 つまり《ランゲ1》を着けた時の今の小沢さんのスタイリングは「1×3=3」。時計の「3」のテンションを日常の「1」の着こなしでも楽しめる余裕ができたということだ。どんなに落ち着いたとはいえ、テンションを3倍にしてしまう《ランゲ1》は、やはりツワモノである。

腕時計
若い頃はこの時計のエキセントリックな存在感に負けないよう、合わせる服にも力が入っていたという。歳を重ねるにつれ、このちょっと“ストレンジ”な要素を楽しむ余裕が出てきたのだ。


人生においての“あがりの時計”、《パテック フィリップ》の《カラトラバ》

オーデマ・ピゲ
〈オーデマ ピゲ〉、〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉と並び、世界三大時計ブランドのひとつと称される〈パテック フィリップ〉。その象徴的なモデルが、シンプルを極めた《カラトラバ》である。


2つめの究極の時計は、〈パテック フィリップ〉の《カラトラバ》。この時計を小沢さんは“あがりの時計”と呼ぶ。
「〈パテック フィリップ〉といえば男が最後にたどり着く時計だと僕は思うんです。なかでもこの《カラトラバ》は究極のミニマルデザイン。似ている時計はあっても、この時計だけがもつオーラのようなものは他にない。いつかは手に入れたいと思いながら、『まだ早い。まだ早い』とずっと戒めてきたんですが、3~4年前、ハワイの《ティファニー》で出合ってしまった瞬間に、覚悟を決めました」

時計のマニュファクチュールとして最高峰のブランドであることは確かだが、小沢さんにとっての“あがりの時計”とは何を意味するのか。
「実際に着けてみると、腕が老けて見えるんです(笑)。それはまだ僕がこの時計に追いついていないからなんですよ。だから頻繁には着けられなくて、結婚記念日や冠婚葬祭などのオケージョンで、ちゃんとしたスーツに合わせないと似合わない。きちんと扱わないといけない時計なんです。でももっと歳をとって、自分が収れんされて、いつかこの時計が普段使いのものに変わっていく日がきっと来る。その時が今から楽しみなんです。時計の風合いや風格はゆるぎなく、その立ち位置もずっと変わらないから、自分がこれに見合う人間になりたい。ただ、そんな手ごわい時計だけど、〈ティファニー〉とのWネームというのが、自分らしさというか、僕のファッションなんです」

ティファニーの腕時計
よくよく見ないと読み取れないほど小さな文字で刻まれた〈TIFFANY & Co.〉のロゴ。このWネームの“色気”が小沢さんらしさでもある。


正確な時刻を知りたければ、今やスマートフォンで事足りる時代だ。時計の存在意義が変わってきているなかで、一流の腕時計だからこその真価がある。それは、持つ人の人生に寄り添い、そのストーリーの一端を担うだけのゆるぎない価値。まさしくこの2本はファッションを追求してきた小沢さんの人生と対峙していて、その関係はこれからも続いていく。自身の一生涯の経年変化を映し出す極上のバロメーターなのである。


小沢宏
Hiroshi Ozawa
(プロフィール)
1964年 長野県生まれ。スタイリスト、デザイナー、有限会社フューチャーイン代表取締役。メンズ誌のスタイリストから始まり、ブランドやショップのプロデュース、自らデザインも手がけるなど、多岐にわたって活躍。http://www.futureinn-tokyo.com/

撮影/兼下昌典 企画編集・文/横山直美(cat)

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