油彩画
《瀬戸内海》広島県


南薫造(みなみ・くんぞう)は明治の末頃から昭和にかけて活躍した洋画家です。初期には“日本の印象派”を代表する存在であった南の没後70年を機に、東京ステーションギャラリーを皮切りに広島、久留米(ともに予定)と、その回顧展が開かれます。

南は現在の東京藝術大学美術学部の前身にあたる東京美術学校を卒業後、留学したイギリスで水彩画を習得し、帰国後は印象派の画家と評価される一方で、創作版画運動の先駆的存在として木版画を制作。ペインティング以外の分野でも新しい時代の美術を探求してきました。

南は明治から昭和にかけて活躍しましたが、その業績はあまり広く知られているとはいえないかもしれません。今回は回顧展の開催にともない、南薫造の経歴と注目すべき油彩、水彩画、木版画の魅力を探ってみましょう。

“官展”を中心に活躍した画家、南薫造とは?

油彩画
《春(フランス女性)》1908年頃、ひろしま美術館


南薫造(1883〜1950)は、現在の広島県呉市で医師の長男として生まれました。明治、大正、昭和と3つの時代を通して多くの優れた作品を残した洋画家として知られています。

東京美術学校(現東京藝術大学)を卒業した後は、イギリスやフランスに留学しました。本場で水彩や油彩の腕を磨いた南は、帰国すると文展や帝展などの官展(政府主催の美術展覧会)で入賞する活躍を見せ、若くして画壇での地位を築きます。

その後も活動の手を休めることなく描き続けた南は、母校である東京美術学校の教授としても後進の育成に力を注ぎました。戦後は郷里の広島県呉市に戻り、瀬戸内海や家族を生き生きと描きながら余生を過ごしています。

透明感に溢れ、“瑞々しい”としばしば形容される南の画風は、「日本の印象派」として現在でも高く評されています。文展・帝展・日展など権威ある展覧会で高く評価されて、1944(昭和19)年には戦前日本における人間国宝ともいうべき“帝室技芸員”に任命されました。

交流した芸術家も多く、日本の洋画界に大きな足跡を残した画家として今日もなおその評価は衰えることはありません。

油彩だけでなく、水彩画や木版画にも注目

水彩画
《ロンドンの裏庭》1907年、広島県立美術館[展示期間3/16~4/11]


南薫造の絵は、明るい色彩と、太い筆で柔らかく描かれたような優しさが感じられる画風です。女性を描くことも多く、その画風はルノワールをほうふつとさせるようなところがあります。このことから、「日本の印象派」と呼ばれることも少なくありません。

また、南薫造は一般に洋画家として紹介されることが多いですが、油彩に限らず水彩画や版画も多く残しています。南の水彩画は、細かい光の具合をよくとらえ、水彩画らしい表現の透明感に富む画風で、南の目を通して見えた優しいまなざしを感じることができます。

帰国後は木版画の制作に精力的にあたりました。当時は、明治末期。「自画、自刻、自摺」を掲げる「創作版画運動」が広がるなかで、南も好んで木版画を制作したのです。

南は、詩人・画家・彫刻家の高村光太郎が経営する画廊でも木版画の展覧会を開催するなど没頭しており、友人で陶芸家として名高い宮本憲吉などともに木版画の制作に勤しんでいました。そんな南の木版画の影響を受けた画家も多く、大正から昭和初期にかけて活躍した漫画家の前川千帆などもそのひとりとされています。

戦争が始まり、東京大空襲によるアトリエ焼失後。最晩年の南は、故郷広島の生家で制作に打ち込みます。ふるさとの風景、特に瀬戸内海を描いた作品は、のびやかで明るく日本らしさやあたたかい温度を感じさせる、やさしい色彩で描かれ、見るものをほっとさせます。

故郷広島を離れての展示は、貴重な機会

油彩画
《生家の近く》1949年頃、個人蔵


2021年2月20日から東京ステーションギャラリーで 南薫造の回顧展が開催されます。南薫造の回顧展はこれまで故郷広島以外で開かれたことがなく、東京で見られるのは貴重な機会だといえます。

多くの画家たちに多大なる影響を与えた南薫造の回顧展。4月からは広島県の呉市立美術館、7月からは福岡県の久留米市美術館でも回顧展が開催になる予定です。この機会に、ぜひご覧になってはいかがでしょうか。

『没後70年 南薫造』 会期:2021年2月20日(土)〜2021年4月11日(日) 会場:東京ステーションギャラリー 開館時間:10:00〜18:00 ※入館は閉館の30分前まで 休館日:月曜日(ただし、4月5日は開館) 入場料:一般 1,100円、高校・大学生 900円、中学生以下無料 ※障がい者手帳等持参の方は100円引き(介添者1名は無料)

文・J PRIME編集部


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