歌舞伎劇場
(画像=wooooooojpn/stock.adobe.com)


400年以上の歴史を持つ日本の伝統芸能「歌舞伎」。歌舞伎というと、大人の高尚なたしなみといったイメージから、ハードルが高いと感じる人もいるかもしれません。ですが、本来、歌舞伎は江戸時代における大衆の娯楽。チェコ人の歌舞伎研究家・ペトル・ホリーさんは「ぜひ気軽に歌舞伎を楽しんでほしい」と話します。

今回、J PRIME編集部では、歌舞伎への深い思いを持つペトル・ホリーさんに、初心者が歌舞伎を観劇する際に、より楽しむためのポイントを聞きました。そのヒントは、歌舞伎ならではの独自の「様式美」にあります。

目次

  1. 歌舞伎との出会いは文通友だちからのビデオテープ
  2. 様式が美を生み出す、歌舞伎の魅力
  3. 歌舞伎通が語る、より深く味わうための方法
    1. (1)演目を探す:テレビドラマで気になった役者が出演する演目を探すのも◎
    2. (2)劇場・座席を探す: 7・8・9列目の「とちり席」が狙い目
    3. (3)観劇当日の動き方:イヤホンガイドのレンタルは必須級
    4. (4)歌舞伎にはこんな楽しみ方も:弁当はぜひ旬の食材を使ったものを
  4. 「三人吉三」に見る、台詞の様式美
  5. 様式美の歌舞伎の世界へ。気軽に臨んでみよう
ペトル・ホリーさん
▽教えてくれた人  ペトル・ホリーさん
早稲田大学演劇博物館招聘研究員、チェコ蔵CHEKOGURA主宰。1997年カレル大学卒業(哲学修士)後、98年国費留学生として日本へ。東京学芸大学を経て2006年文部科学省奨学生として早稲田大学大学院博士後期課程(文学研究科芸術演劇専攻)終了。同大学第一文学部助手を経て、2006年〜13年駐日チェコ共和国大使館一等書記官兼チェコセンター東京初代所長。2013年チェコの情報を発信するサイト「チェコ蔵」をオープン。
書籍翻訳や、チェコ映画の日本語字幕を多数手がける他、チェコ政府要人の来日時やプラハ国立歌劇場の日本公演では通訳として活躍。埼玉大学、実践女子大学短期大学部兼任講師、文化資源学会会員、早稲田大学演劇博物館招聘研究員。


歌舞伎との出会いは文通友だちからのビデオテープ

(編集部)伝統的に人形劇が盛んなチェコで、幼少期からお芝居に触れる環境で育ってきたというペトル・ホリーさん。現在は歌舞伎研究者として大学で教鞭も執るホリーさんに、まずは気になる「歌舞伎との出会い」から聞きました。

――日本からも遠く離れたチェコで、ホリーさんはどのように歌舞伎と出会ったのでしょうか?

まず日本文化に興味を持つようになったのは、思春期のころ、母に日本の本を買ってもらったことがきっかけです。それから1年も経たないうちに、両親に頼み込んで日本語学校に通わせてもらいました。やがて「なんとか日本人と話してみたい!」と思いましたが、当時はインターネットも何もない時代。新聞の文通欄を通じて知り合った、日本人の方と文通することにしました。

その文通相手の方には深く感謝しています。手紙と一緒に先代市川猿之助さんが演じる「義経千本桜」のビデオテープを送ってくれたからです。はじめて目にする歌舞伎の早変わりに目を奪われ、歌舞伎の持つ美しさと迫力にすっかり心を奪われてしまったのです。これが私と歌舞伎との出会いです。

それ以降は歌舞伎漬けとも言える人生を歩んできました。大学は日本学科のあるカレル大学へ進み、歌舞伎を専門に研究。日本への留学時に初めて歌舞伎を生で観劇しましたが、台詞の言い回しや、動き、様式、白粉の香り、すべてが鮮烈に記憶に残っています。

――そして歌舞伎研究者となる道を選んだのですね。

そのとおりです。大学卒業後には再び来日し、早稲田大学大学院などで歌舞伎を研究しました。博士後期課程を修了したあとは、東京のチェコ大使館に新設されたチェコセンターの所長に採用され、研究者と外交官の二足の草鞋を履きました。

所長職を満期退任した2013年以降は、主に大学の非常勤講師として活動しています。「日本からはじめて西洋に渡った演劇は、じつは純歌舞伎ではなく芸者さんによる踊りだった」というような日本の演劇・舞踊の西洋での受容のされ方。また、日本の演劇と西洋演劇を文化論の中で比較するといった講義をしています。

またチェコ大使館での経験を生かして、「チェコ蔵」という文化サロンを主宰しています。チェコ語をはじめ、チェコのデザインや実は古くから日本とつながりがあったチェコ建築などを伝える活動をしています。

――歌舞伎と出会ってホリーさんの人生は一変したと思いますが、どのようなところに惹かれたのでしょうか?

動き、演技、衣装、台詞回しにはすべて型があり、それに則って演じていく。それを歌舞伎では様式と言いますが、その様式が生み出す独特の美、「様式美」に惹かれました。歌舞伎は役者さんの台詞や細かなストーリーを知らなくても、この「様式美」を入り口に楽しむことができます。

一方、歌舞伎は伝統的な様式は守りつつ、その時々で演出を工夫する柔軟さも合わせ持っています。たとえば最近見に行った舞台では、ある登場人物がソーシャルディスタンスを意識した離れた場所から、他の登場人物にお化粧を施すという演出がありました。このようにご時世を反映した、ある意味アドリブを平気でやってしまうところも、歌舞伎の面白さのひとつです。

様式が美を生み出す、歌舞伎の魅力

(編集部)初心者でストーリーに詳しくなくても、歌舞伎は「様式美」を楽しむことができる舞台芸術だとホリーさんはいいます。歌舞伎における様式とはどのようなものがあるのでしょうか。続けてお聞きしていきます。

――ホリーさんも惹かれたという、歌舞伎の様式、様式美とは何でしょう?

歌舞伎における様式とは、“約束事”のようなものだと考えてみてください。約束事には、1つひとつ意味があることはもちろん、時代のなかで磨き抜かれてきた美しさがあります。それが「様式美」と呼ばれています。ストーリーに詳しくなくても、たとえば次のような約束事を押さえておけば、十分に歌舞伎の様式美を感じることができるはずです。

・隈取り(くまどり)

隈取り
隈取りによって登場人物の役柄を概ね知ることができる
(画像=みやもとかずみ/stock.adobe.com)


役柄によって隈取り(化粧)の仕方に違いがあり、一目見て善人と悪人の見分けが付くようになっています。日本では紅白がおめでたい席のカラーであるのと同様に、善人は顔を白地で塗った上に赤い色で隈(くま)を取ります。一方、悪人は白地に青色の隈取りで怪しさが表されています。それ以外にも、幽霊や鬼などは茶色の隈取りをしているので、ぜひ注目してみてください。

・女形(おんながた)
歌舞伎は歴史的な経緯から女人禁制であるため、男性の役者が女性を演じます。面白いことに、ときに80歳くらいのベテランの役者が16歳の少女を演じることもあり、それも非常に美しいのです。これはヨーロッパ演劇にはないことで、歌舞伎の見どころのひとつです。

・早変わり(はやがわり)
その名のとおり、数秒で衣装や化粧を変えて登場する演出をいいます。歌舞伎役者は化粧を自分で施します。舞台裏で、着替えとカツラを変えてもらいながらも、自身で化粧を変えて短時間で再び登場するのです。舞台の見せ場のひとつですね。その変化の美しさだけでなく、舞台裏を想像するのも楽しいです。

・見得(みえ)
役者が動きの途中で大げさに一瞬止まること、それを「見得を切る」といいます。劇中の最も注目すべき場面のひとつです。江戸時代には、役者絵という歌舞伎役者を描いた浮世絵がブームでしたが、この役者絵のポーズが見得を切った姿なのです。芸術になるほどの見得ですからもちろん美しいですし、裏を返すと絵になるように演じないといけないので、役者さんの力量が表れる、見どころとなります。

・大向こう(おおむこう)
前述した役者の登場や見得を切るときなどに、観客から絶妙なタイミングで出る「○○屋!」などのかけ声を大向こうといいます。大向こうにも決まりがあり「○○屋!」という役者の屋号であったり、ときには「紀尾井町!」という役者が代々すむ地名で声をかけることもあり驚きました(笑)。

・世話物/時代物(せわもの/じだいもの)
歌舞伎の演目は「世話物」と呼ばれる江戸時代の日常をリアルに描く当時の現代劇と、「時代物」と呼ばれる江戸時代から見た時代劇にわかれます。世話物は人間臭さやリアリティが感じられるものが多いですし、時代物はおとぎ話のように超人的な力を持つキャラクターが出てくる演目が多かったり、それぞれに特徴があります。

歌舞伎通が語る、より深く味わうための方法

(編集部)せっかく歌舞伎を観劇するなら、独特の様式美の世界を味わうのはもちろん、歌舞伎通の楽しみ方にも挑戦してみたいと思いませんか。大の歌舞伎通でもあるホリーさんに、歌舞伎を120%楽しむ方法を聞きました。

――歌舞伎を観劇するまでの流れや、120%楽しむためのコツを教えてください。

演目の探し方、劇場・座席の探し方、観劇中の楽しみ方、その他に分けてお話します。

(1)演目を探す:テレビドラマで気になった役者が出演する演目を探すのも◎

いろいろな方法がありますが、私の場合はまずは歌舞伎座など劇場のホームページから翌月の公演予定をチェックしています。そこで興味がある演目があれば、観に行くことが多いです。

ただ、初心者の方は演目の題名を見ても、ピンとこない方が多いと思います。そんな時は目当ての役者から演目を探したり、インターネットで「歌舞伎 恋愛もの」「歌舞伎 怖い話」などのキーワードで検索してみることをおすすめします。前者については、最近はテレビドラマに歌舞伎役者が出演することも多いので、それをきっかけに歌舞伎の世界に入るのもよいと思います。

また、劇場のホームページや「歌舞伎演目案内」では各演目のストーリーや解説が掲載されています。それを元に、興味のある演目を探すのも面白いと思います。

【参考】歌舞伎演目案内

(2)劇場・座席を探す: 7・8・9列目の「とちり席」が狙い目

劇場による歌舞伎の演目内容の違いはほとんどありませんが、チケットの価格や劇場の規模、グッズ販売などに違いがあります。たとえば、歌舞伎座は売店が大きいですし、最寄り駅である地下鉄・東銀座駅の構内でもグッズが買えるほど歌舞伎色が強いです。国立劇場であれば、台詞がまとまっている「上演台本」を買うこともできます。買いたいグッズなどから選ぶのも、より楽しむためのポイントかもしれません。

席は、基本的には価格が高ければ高いほどよい席です。その上で、役者をよく見たいなら花道(役者の通り道)に近い席を選ぶとよいでしょう。

一般には客席の中央あたりの「とちり席」もおすすめです。イロハ順でいう、ト・チ・リにあたる7・8・9列目の席のことで、花道にほどよく近く、舞台全体も見やすく、それでいてあまり価格が高くなくて人気の席です。

また、劇場によっては幕見席という休憩から休憩までの“一幕用”の席があります。一幕のみの料金であるため低価格で観劇することができます。

(3)観劇当日の動き方:イヤホンガイドのレンタルは必須級

基本的には、開演の15分くらい前に劇場に着いていれば問題ありません。ですが、もっと楽しみたいのなら30分前より早めに来場するとよいでしょう。開演30分前に催されるお囃子を聞くこともできます。

また、歌舞伎座には有料のギャラリーがあり、歌舞伎で実際に使用される道具を見るだけでなく触ったり、動かしたりできる体験型の展示ブースがあります。ギャラリーに立ち寄ってから観劇すれば、きっとより深く演目を味わえると思います。

服装についても、はじめは迷われるかもしれません。着物やスーツで行く人もいますが、ドレスコードはなく自由なので特別な準備は特にいりません。

より深く楽しむという観点では、「オペラグラス」「イヤホンガイド」を準備しておくことも欠かせません。舞台から遠い席の時は、オペラグラスがあると役者の細かな表情も見えるので便利です。イヤホンガイドは、劇中のポイントなる箇所や役者の重要な動きを解説してくれるので、歌舞伎初心者には必須だと思います。これらは有料ですが、2点とも劇場で貸してくれます。

(4)歌舞伎にはこんな楽しみ方も:弁当はぜひ旬の食材を使ったものを

歌舞伎は、幕間(休憩時間)に食べるお弁当も楽しみのひとつ。よく知られている幕の内弁当も、歌舞伎が発祥のお弁当です。個人的には、旬の食材が入ったお弁当を選び、食べながら季節を感じるのがおすすめです。

現在は新型コロナウイルス感染症の影響で、座席とエントランスでの飲食ができない劇場が多いですが、通常は、幕間に座席でお弁当を広げたり、食堂で高級のお弁当を楽しんだりもできます。

また、歌舞伎のストーリーの多くは大人向けのものが多いですが、近年、宮崎駿監督の名作「風の谷のナウシカ」や人気少年漫画「ONE PIECE」が歌舞伎舞台化されました。この公演は、客層もいつもとは違って小さな子どもを連れた人もいたそうなので、内容によっては、お子さんと一緒に歌舞伎の世界に触れることもできますね。

「三人吉三」に見る、台詞の様式美

(編集部)最後に聞いたのは、ホリーさんが好きな演目。それを例に、どのような点に様式美が宿っているのかを聞いてみました。

――ホリーさんの好きな歌舞伎の演目を教えてください。

挙げるときりがないのですが、江戸時代から明治時代にかけて活躍した河竹黙阿弥という劇作家が脚本を書いた「三人吉三」(さんにんきちさ)という演目を紹介します。これは世話物の演目になります。

3人の盗賊が主人公の話で、それぞれ和尚吉三、お嬢吉三、お坊吉三といいます。江戸の町で偶然に出会った3人をとりまく複雑な人間関係、因果関係の絡んだストーリーです。

――ホリーさんは、「三人吉三」のどのような点に惹かれますか?

盗賊でも道徳を貫き通すことがなど、物語性が高いところです。複雑な人間関係から自分の身内をあやめたり、非業な話であったりすることもありますが、下町の場末の話を美しく描いてとても楽しめる作品です。また、セリフや描かれる季節感が美しいです。

ちなみに余談ですが、歌舞伎には「三人吉三」や石川五右衛門が主人公の「楼門五三桐」のように、世間的には悪人といえるキャラクターが魅力たっぷりに描かれている演目が複数あります。三人吉三の主人公も盗賊ですが、きっと劇中は感情移入して見入ってしまうはずです。

――「三人吉三」における様式美とは、どのような点でしょうか?

なんと言っても、河竹黙阿弥ならではの台詞の様式美です。七五調のセリフが美しく、昔の人は全部そらで言えただろうという人気ぶりでした。特に、盗みをはたらいたあとの有名なセリフ「月も朧に白魚の……」では、大向こうさんが声を飛ばします。さまざまな様式が高次元で融合しており、三人の吉三にきっと魅力を感じることでしょう。

様式美の歌舞伎の世界へ。気軽に臨んでみよう

歌舞伎は、ぜひ実際に劇場に足を運んでご覧いただきたいです。歌舞伎は江戸時代の大衆向けの演劇でしたので、真面目に見るのはもったいないです。肩の力を抜いて楽しんで見てほしいですね。

また事前の知識がなくても、たとえセリフで何を言っているのか理解できなくても、歌舞伎は絵(見た目)を楽しむための演劇形態だと私は思っています。よくわからなくても十分に楽しめると思いますし、もし気に入ったなら調べてみるとよいでしょう。きっと、歌舞伎の持つ底知れない魅力に気づくことでしょう。



(編集部)歌舞伎愛あふれるホリーさんの話はいかがでしたでしょうか。ハードルが高いと誤解されがちな歌舞伎でしたが、もっと気楽な気持ちで臨んでよいものなのだと教えてくれました。

華麗なる様式美の歌舞伎、その世界に足を踏み入れてみませんか。

文・J PRIME編集部

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