古来、“鬼”を伝承してきた日本人。コロナ時代だからこそ「節分」の意味を考えたい
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2月の行事といえば「節分」です。「鬼は外!福は内!」と豆まきをするご家庭も多いでしょう。一方で、鬼といえば2020年に大ヒットした『鬼滅の刃』。鬼退治の話が社会現象になるとは誰しもが予想していなかったことでしょう。

この異例のヒットは、日本に鬼文化が深く根付いていることを示す証左でもあります。節分に限らず、鬼に関して昔から伝承やことわざが存在します。

われわれ日本人にとって鬼とはいったい何なのでしょうか。この記事では鬼滅ブームと節分にちなんで、日本における鬼の歴史を紐解き、古来恐れられてきた“鬼”とは何なのかを考えます。

日本の「鬼」の歴史を知る

そもそも、「鬼」という言葉はどこから来たのでしょうか。一般的に有力とされている説は、『和名類聚抄』(わみょうるいじゅしょう)という平安時代中期に作られた日本最古の辞書のなかに記されている、‘鬼和名於爾 或説云、隠字音於爾訛也、鬼物隠而不欲顕形、故俗曰隠也’というもの。つまり、鬼は姿を表さずに物に隠れようとするために俗に「隠(おん)」といわれ、そこから転じて「鬼(おに)」というようになったというのです。

中国では、「鬼(き)」という字は死者の魂を意味しています。「隠(おん)」が変化して「鬼(き)」を「おに」と読むようになったことを考えると、鬼とはもともと目に見えないものであったのがわかりますが、一説には仏教絵画などの影響で恐ろしい姿として認識されるに至ったと考えられています。

いずれにせよ、目には見えず、人に災いをなすものに対する怖れが、鬼という言葉として表れたのだと考えることができます。では、節分の豆まきと鬼にはどのような意味があるのでしょうか。

なぜ節分に豆まきをするようになった?

実は「節分」という日は2月だけではなく年に4回あります。立春、立夏、立秋、立冬は、季節の変わり目とされている日ですが、この前日の事を節分といいます。季節の変わり目には体調を崩す人も多く、天候も不順となりがちで、各種の災いが発生することから、この時期には邪気が入りやすいと考えられてきました。

古い中国の習慣では、一年の最後の日である大みそかに「追儺(ついな)」という、桃の弓で葦の矢を打ち、鬼を追い払うという行事がありました。これが日本に伝わって、宮中行事として行われるようになりましたが、やがて疫病退散のために「豆打ち」という風習が行われるようになっていきます。ちなみに、2021年は124年ぶりに2月2日が節分となりますが、例年の節分の2月3日は旧暦における立春の前日、つまり大みそかにあたります。

江戸時代に入ると、豆打ちは庶民にも浸透。姿かたちが見えないまま襲い掛かる災害、病、飢饉などは、鬼の仕業だと考えられ、これを追い払うために、豆が使われたのです。こうして、「豆まき」は現代にまで定着したと考えられています。

なぜ煎った大豆をまく?

古来、私たちの命の源でもある五穀には、邪気を払う穀霊が宿るといわれていました。なかでも大豆は五穀のなかで最も大きいことから最も邪気を払う力が強いとされたこと、そして「魔滅(まめ)」や、豆を煎ると「魔の目を射る」といった語呂合わせから、煎った大豆が用いられるようになったとされています。

悪いイメージの鬼ばかりではない

日本における鬼は、仏教の影響も色濃く受けています。たとえば、鬼というと地獄に住むイメージを持つ人も多いのではないでしょうか。これは、仏教の教えに基づくイメージです。

仏教では人が死んで地獄に落ちると、鬼からさまざまな苦しみに遭わされると考えられています。地獄とは人の心が生み出したものであり、欲望や怒りや愚痴によって自分で自分を苦しい世界へ追いやり、その心のままでいる限り、いつまでも苦しみ続ける醜い心の持ちようをいいます。

ちなみに、鬼は“赤鬼”や“青鬼”など色と密接に結びついているのも特徴のひとつ。これは仏教では修行を妨げる「五蓋」と呼ばれる5つの煩悩に由来します。五蓋にはそれぞれ対応する色があり、たとえば“貪欲”は赤、瞋恚(しんに=怒り)は青で表現されます。仏教では煩悩を鬼に見立てて、人間の苦しみの元とは心の持ちようである、と人々にわかりやすく教えたのです。

こうして人々に恐れられてきた鬼ですが、決して悪い鬼ばかりではありません。鬼の恐ろしさを逆に利用した人間のためになる鬼も存在します。

有名なのが、東京・台東区にある真現寺の「入谷鬼子母神」です。もともと人間の子どもを食べていた鬼子母神(きしもじん)は、お釈迦様の教えを受けて人を助けるようになったという鬼神です。法華宗、日蓮宗のお寺で守護神として信仰の対象になっています。

鬼の物語が流行する時期に共通していること

『鬼と日本人』などの著書で知られる国際日本文化研究センター名誉教授の小松和彦氏によると、鬼が登場する話が流行するのは時代の変革期で、社会が不安定な時だと語っています。実際に、人々が鬼に恐れをなした平安代末期から鎌倉時代、南北朝時代など時代の変わり目は、それまで世の中を収めていた権力が衰退していく時代だったという共通点があるようです。

2020年は『鬼滅の刃』が大流行しましたが、コロナ禍によって先行きが不透明になった社会情勢と連動しているのだと考えると説得力があるように思えます。

コロナ禍で不安が広がる今こそ「節分」には大きな意味

今でこそ各国でワクチン開発・接種が進んでいますが、2020年はやはりコロナ禍という人智を超えた、目に見えない災厄に見舞われた一年でした。目に見えないからこそウイルスは脅威であり、それは古来の感覚からいえば「鬼」だと考えられます。

2021年はコロナ禍に打ち克って新しい未来に向かっていきたい。そんな願いを込めながら災厄を追い払い、気持ちを新たに前進していく「節分」は、いまこそ私たち日本人にとって大きな意味があるといえそうです。

文・J PRIME編集部

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