大地の窪みを写し取ったような 渡辺隆之さんのうつわ


うつわはおもに料理のためのものですが、作家が作るそれには暮らし方や社会の捉え方まで変えてくれるほどの思想があります。それを知ることはアートに心動かされる感覚ともよく似ていて、かかわることで自分の中の何かが変わるような体験。そんなうつわの「名作」をたどる連載の第10話は、渡辺隆之さんによる「砂いこみ」のうつわ。

手を触れずに生まれる、手仕事のうつわ

渡辺隆之さんは「砂いこみ」という、独自に編み出した方法でうつわを作ります。それは、大地にできた窪みに粘土を流し、形を写し取るような作り方。焼物というと手で触って形作ることを想像しますが、彼の作品は人の手にほとんど触れないままうつわ型になる。渡辺さんは、人による手仕事とうつわの関係に新しい概念を持ち込んだ人。

渡辺さんが「砂いこみ」のうつわを作り始めたのは、2016年。きっかけは、その頃住んでいた南伊豆の海岸を散歩していた時のこと。幼い娘が砂浜に棒を刺した瞬間、周囲の砂がなだれ落ちてすこし大きめの窪みができた。重力に即して丸く形作られたその窪みには、独特のカーブがあって「きれいだな、粘土に写し取ってみたいな」と考えたことでした。後日、同じように棒を刺し生まれた窪みに、泥漿(でいしょう)という泥状のさらさらとした土を流し、乾燥してから取り出してみると、それは、手のひらを合わせて水をすくう時のような、コロンとしたうつわ型になっていました。

白丸碗
白丸碗の底面
工房では、珪砂(けいさ)という細かい石を木枠に詰めて四角い塊を作り、拾ってきた石ころなどをあてて型をとる。そこに粘土を流しこんでうつわを成形している。こちらは薪窯で焼成。砂いこみ白丸碗(磁器・写真は径13.5cm) ¥2,750〜 (問い合わせ:Instgram@wanatabetakayuki_ https://www.instagram.com/watanabetakayuki_/


「窪み自体は、作り終えるたびに消えていく。これは僕が作っているものでありながら、手を合わせるとか、果実がなるとか、卵が生まれるという、一回限りの出来事に近い感覚でできていくんです。そんな風にうつわが生まれる光景は、陶芸を始めてからずっと僕が理想とし、憧れていたもの作りの形でもありました」と渡辺さんは言います。理想の形とはどんなものだったのでしょう。

白丸腕
砂状の型に流した土は重力や大気の状態など周囲の環境の影響をうけて、縁が薄くなったり、内側に丸みを帯びたり、自然なゆがみを宿していく。砂いこみ白丸碗¥2,750〜。(問い合わせ:Instgram@wanatabetakayuki_ https://www.instagram.com/watanabetakayuki_/


作り、使われ、消えゆくサイクルの中で

渡辺隆之さんは、1981年、伊豆の国市生まれ。10代後半はスケートボードに明け暮れ、山の木や端材で練習台を作るなど、身近なものを駆使して何かを作ることが好きだったと言います。「土と木を使ってものを作りながら生きていきたい」、いつしかそう思うようになった時、頭に浮かんだのが焼物でした。大学では陶芸コースに進学し20歳でインドに旅行。そこで、ある風景に出合います。

インドの国民的飲料でもあるチャイは、チャイカップという土器で飲まれ、うつわは一回ごとの使い捨て。渡辺さんは、博物館の古代の展示室で見るような素朴な土器が、日常的に使われていることにも、それを、カーストでいえば下の身分の職人が、低賃金でひたすら作っているということにも、衝撃を受けたそう。生きていくために人々の生活に不可欠なものを作るが、できたものは、役目を終えたそばから捨てられていくのが当たり前。「それでも彼らはプライドをもって手を動かし、ものを生み出していました。あの場所では、ものが生まれ消費されるサイクルがとても健康的で、目に入る風景すべてがきれいに見えたんです」。手仕事だからといって、特別な感情を乗せすぎることもなく、作る人はただ作り、使う人はただ消費する。「作りたいものを設定して、そのための素材を選び組み立てる作家」ではなく、「身近にあるものの積み重ねと循環の中でものを作る人」でありたい。

さまざまなテクスチャーのうつわ
おもに赤土と磁器土を使い、焼き方を変えることで色味やテクスチャーにバリエーションを出す。上から、赤土、赤土と磁器土をブレンドした土で焼いたうつわ。砂いこみプレート(径18cm)各¥3,300(問い合わせ:Instgram@wanatabetakayuki_ https://www.instagram.com/watanabetakayuki_/


インドで考えたことを頭に抱きながら、帰国後も渡辺さんはコツコツと焼物を続けます。伊豆で活動する陶芸家・芳村俊一氏には、足元にある土の魅力やそれを焼物に変える面白さを教わり、縁あって世界で活躍する陶芸家の黒田泰蔵氏にも2年間師事。その前後には、中国の量産陶器の産地やアジア7カ国の土器文化を巡るなど、渡辺さんの20〜30代は、土とともにありました。

そうして焼物を始めてから15年が経った頃、南伊豆の砂浜での発見に至るのです。あの時、海岸で実験するように編み出した「砂いこみ」の技法は、工房で進化し、今は浜辺の砂の代わりに、珪石(けいせき)という鉱石を砂のように細かく砕いた珪砂(けいさ)を用いています。それを一定量、木枠に詰めて四角い塊を作り、拾ってきた石ころなどをあてて型をとる。流す泥漿は、赤土や磁器など種類の異なる土も使うようになりました。薪窯で焼くか、灯油窯で焼くかによって、あるいは、熱の加え方の違いによって、異なる色やテクスチャーを出しています。しかし、ほとんど手を触れずにうつわを生み出すことは変わりません。

白プレート
砂いこみ白プレート(磁器・径18cm)¥3,300(問い合わせ:Instgram@wanatabetakayuki_ https://www.instagram.com/watanabetakayuki_/


うつわは堅牢でなくてよい

使い勝手がよく、ある程度丈夫で、毎日の食卓で頼りになる手仕事のうつわが多くの人に親しまれている昨今にあって、渡辺さんの「砂いこみ」のうつわは、あまりに薄く、軽く、はかなげです。大地の窪みに薄氷が張るようなプロセスで生まれるうつわですから、重力や大気の状態など周囲の環境にひっぱられて、厚みも、ゆがみも、ひとつひとつ異なる一点もの。頼りないのも仕方ありません。

渡辺さんは、むしろ「うつわは堅牢でなくてよい」という考えを持っています。「今の時代、丈夫なうつわは、工業製品でいくらでも手に入ります。人が作るものは、形があるようでないような、心象風景のようなものでよいのではないでしょうか」。心象風景とは、インドで見た健康的なもの作りの風景とも重なるのでしょう。「土があって、木がある。焼物とは、木のエネルギーを人が火に変え、土に還元して作る行為。その行為から生まれるうつわは、僕にとって、葉っぱや皮のような自然物の一種のようなイメージです」。

文明が生まれるはるか昔、人々は、木の葉や手のひらをうつわとして、食料をのせていました。渡辺さんの「砂いこみ」のうつわは、そんなうつわの起源に私たちを連れ戻し、手仕事との付き合い方を変えてくれるものなのです。

白プレート
砂いこみ白プレート(磁器・径18cm)¥3,300(問い合わせ:Instgram@wanatabetakayuki_ https://www.instagram.com/watanabetakayuki_/


衣奈彩子 うつわライター/編集者
(プロフィール)
女性誌編集部を経て2005年独立、子育てをきっかけに家族のおいしい食卓に欠かせないうつわにはまる。なかでも同世代の作家が想いを込めたふだん使いのうつわが気になって仕方がなく、仕事とプライベートの垣根なく作り手と交流し取材を重ねる。うつわを中心に手仕事や暮らしにまつわるテーマで執筆の傍ら、作り手の思いを伝える書籍の編集にも携わる。著書に『うつわディクショナリー』(CCCメディアハウス)、編著に『料理好きのうつわと片づけ』(河出書房新社)
https://www.instagram.com/enasaiko/

撮影/白石和弘
http://shiraishikazuhiro.com/

渡辺隆之
(プロフィール)
1981年静岡県生まれ。2000年に焼物を始め、インド、ネパールで土器の生活を知る。帰国後、陶芸家・芳村俊一氏に出会い土への魅力を深める。2005年から2年間、陶芸家・黒田泰蔵氏に師事。アジア7カ国を巡る旅に出て、現地の窯場でアルバイトとして働きながら土器文化を体験する。2008年南伊豆で独立。穴窯を作る。2018年伊豆の国市に工房と自宅を移転。薪窯を作る。 https://www.instagram.com/watanabetakayuki_/

>>大丸・松坂屋の5つの特別サービスとは?