陶器


うつわはおもに料理のためのものですが、作家が作るそれには暮らし方や社会の捉え方まで変えてくれるほどの思想があります。それを知ることはアートに心動かされる感覚ともよく似ていて、かかわることで自分の中の何かが変わるような体験。そんなうつわの「名作」をたどる連載の第9話は、二階堂明弘さんの黒、茶、白、3色のうつわ。

使ったことの履歴がうつわに残っていく

陶芸家の二階堂明弘さんのうつわは、ひと言でいえば、薄手で、スタイリッシュで、料理が映える。ところが使ってみると、この表現からは想像の及ばないある事柄に誰もが気づくはずです。それは、料理を盛り付けるたびに油や汁気がいい具合に馴染んで、使われた記憶が陶肌にどんどん刻まれていくということ。

洗練されたデザインの奥に、土から生まれた焼物らしさを強く感じさせるうつわなのです。二階堂さんは、現代生活で使いたいモダンなフォルムに、日本で古くから愛されてきた焼物本来の美しさを融合させた人。

二階堂さんの代表的な作品といえば、金属のようにソリッドな黒いうつわ「錆器(しょうき)」、釉薬を掛けずに焼く「焼締め」、焼締めに化粧土という白い土を重ねた「焼締め白」。一点ものの花器や茶陶を除き、この数年、継続して作っているうつわはおもにこの3色で、経年により育っていきます。

「錆器」が生まれたのは2005年頃。マットな黒は、料理をのせたところが艶っぽくなり、食事の最中にも刻々と景色が変わっていきます。「焼締め」は、手触りや色味を模索しながら2001年頃から作り続けている作品で、乾いた大地のような手触り。どちらもいまでは、一流料理店のシェフや料理家をはじめ、一般の家庭でも多くの人に親しまれていますが、作り始めた当時は、まったく受け入れられませんでした。

黒い陶器
錆器(しょうき)は、鉄分の多い土を使い素焼きした後、鉄釉を刷毛で塗り重ねることで鉄器のような質感になる。錆器リム鉢 ¥8,800(問い合わせ:ギャラリーFUURO http://www.gallery-fuuro.com/


陶芸界の常識を疑ってみる

二階堂さんが作家として独り立ちした直後から、そのものづくりに注目し、2003年頃には早くも個展を開催していた目白の「gallery fuuro(当時は「新樹画廊」)」の店主・早川愛美さんは、「若い頃の作品は、ザラザラした感じのうつわや花器で、いまの作品の中では白の器に近いものでした。そのざらつきは、これから新しいものを作り出していこうとする意気込みだったのかもしれません。自分のやっていきたいことを模索しているような、でも自信を持って仕事しているような印象があります」と振り返ります。gallery fuuroでは、それからほぼ毎年個展をしていますが「錆器」を初めて見た時のこともよく覚えているそう。「シンプルで落ち着いた静かなうつわだったのでとても良いなと思いましたが、ものすごく薄いうつわでもあったのでお客様に受け入れるかどうか心配だったことを思い出します」

黒と茶の陶器
同じかたちのうつわを、色を変えて繰り返し作り続けるため買い足しもしやすい。錆器リム鉢 ¥8,800、焼締めリム鉢¥8,800(問い合わせ:ギャラリーFUURO http://www.gallery-fuuro.com/


この連載のVol.1でも取り上げたように、二階堂さんがうつわを作り始めた2000年代前半は、白くてあたたかみがあって、まっさらなキャンバスのごとく、どんな料理も受け止めるうつわが人気を博していた時代。シミたり汚れたりしない磁器もよく使われていました。二階堂さんは、お店の方から「こんなに薄くて、しかも黒なんて使えない」「料理が染みる焼締めなんて、難しいよ」とよく言われたといいます。

陶器
茶の陶器
ドラ鉢は、料理が映えると人気の作品のひとつ。焼締めドラ鉢¥6,050(問い合わせ:ギャラリーFUURO http://www.gallery-fuuro.com/


そんな「薄くて、染みやすいうつわ」を、なぜ作り続けようと思ったのか。本人に聞いてみると「それが美しいと思うからです」という力強い答えが返ってきました。二階堂さんにとって、陶芸とは、求められるものを作ることだけでなく、うつわを通して、自分が信じた価値観を表現し、伝えていくことなのでしょう。その考え方は、陶芸家になろうと決めた時から持っていたようで、以前、海外メディアによる取材にこう答えています。

「僕が中学生の頃、バブル経済が崩壊して、それまで言われていたよい大学に入り、よい会社に就職し、よい給料をもらうことが幸せだという価値観が、テレビの中で崩れていくのを目の当たりにしました。誰かが決めた価値観には意味がないと、子どもながらに感じて、確かに手の中に残る仕事がしたいと思いました」

美術教育を受けたこともなければ、ものを作るのが特に好きというわけでもなかったけれど、高校生の頃には「足元にある土からものを生み出す陶芸家になりたい」と思っていたという二階堂さん。美術の専門学校で陶芸を学び、伊豆の陶芸教室勤務を経て、作家活動のしやすい場所を求め、2001年、益子に移住します。しかし残念なことに、益子の土は、彼が思い描く薄いうつわには向かないものでした。それでも、足元の土を使って自分のスタイルで作りたいと、焼き方や釉薬を工夫すること4〜5年。やっと薄く焼き上げることができるようになり、生まれたのが「錆器」だったのです。

陶器
土鍋
青銅器のような落ち着いた佇まいの土鍋は、一年に一度の「土鍋展」に出品(今期はすでに終了)。ボディはすき焼き鍋のように具材を並べやすく、蓋はタジン鍋のような形状で蒸し料理にも重宝。作家本人が使いながら最適な形を生み出した。土鍋¥28,600(問い合わせ:eatrip soil https://www.instagram.com/eatripsoil/?hl=ja


社会と繫がるもの作り

足元にある土からうつわを生み出すということは、日本各地の窯業地はもちろん、世界中で古くから行われてきたことであり特別なことではありません。二階堂さんの作品は、モダンでスタイリッシュな形でありながら、土から生まれる焼物が当たり前に持つ価値を使う人に教えてくれるのです。

5年程前から作り始めた「焼締め白」は、貫入(焼物の表面に生じるひび割れ)に色が入ることや、雨漏り(水分が染み込んで跡になること)などを景色として珍重する、日本の焼物文化を感じて欲しいと思い作り始めたもの。食材を盛り付けたそばから染みていったり、色が移ったりするうつわですが、ここ数年で、二階堂さんと同世代の人々がとくに気に入り、購入するようになりました。

うつわ


この10年ほどで、日本人は、東日本大震災をはじめいくつもの大きな災害を経験、二階堂さんの言う「信じていた価値観が崩れていくような体験」をした人も多いはずです。そんななか、衣食住の分野では、天然素材のサステナブルな装いや、産地や生産者の分かる食材、古家をリノベーションした住宅やぬくもりを感じさせる無垢材のインテリアなど、手触りのあるものへの関心が高まっているのを感じます。うつわにおいても、手触りや使い込むことの実感に惹かれて手にする人が増えているのかもしれません。

形の美しさはもちろん、使い込む焼物という意味でも人々の共感を得て人気作家となった今も、二階堂さんはこれまでと変わらず、毎日ろくろの前に座り、リム鉢、碗、皿、ドラ鉢、花器など定番の品物を中心に、個展の規模や注文数に合わせて、黒、茶、白の3色のうつわを作り続けています。

碗
料理を盛り付けたそばから、水分が染みたり、色が移ったり。洗うとそうした汚れが馴染んで質感が変化していく焼締白。 碗 ¥5,500(問い合わせ:ギャラリーFUURO http://www.gallery-fuuro.com/


二階堂さんはよく、うつわの形の原型は、手のひらを合わせてすくう形だと思うと言います。土なりに作ると高台のない形にたどり着くのだとも。「焼物の本質に立ち返った作り方をしていると、作るものにあまり変化がなくなってくるんですよね。反復して作ることは、むしろとても職人的で、陶芸に携わる者があるべき本来の姿なのかもしれません。焼物の本質をたどりながら、人の価値観を変えられるようなうつわであれたらいいなと思います」。花器や壺など一点ものは作るけれど、個展のたびに新作を発表することは少なくなりました。数年前に益子を離れ、現在は伊豆に工房兼自宅を構えていますが、自身のものづくりのルーツである益子の土を使い続けています。

なにげない日々を積み重ねることの尊さに、誰もが気づくことになった2020年。使った履歴をうつわに残しながら、かけがえのない毎日を過ごすことのできる二階堂さんのうつわは、いま大切にすべきことを、教えてくれているようです。


衣奈彩子 うつわライター/編集者
(プロフィール)
女性誌編集部を経て2005年独立、子育てをきっかけに家族のおいしい食卓に欠かせないうつわにはまる。なかでも同世代の作家が想いを込めたふだん使いのうつわが気になって仕方がなく、仕事とプライベートの垣根なく作り手と交流し取材を重ねる。うつわを中心に手仕事や暮らしにまつわるテーマで執筆の傍ら、作り手の思いを伝える書籍の編集にも携わる。著書に『うつわディクショナリー』(CCCメディアハウス)、編著に『料理好きのうつわと片づけ』(河出書房新社)
https://www.instagram.com/enasaiko/?hl=ja

撮影/白石和弘
http://shiraishikazuhiro.com/

二階堂明弘
(プロフィール)
1977年札幌生まれ。専門学校の陶芸科卒業後、2001年独立。作家活動の傍ら若手作家の発表の場「陶ISM」を主宰。東日本大震災後には、仲間の陶芸家とともに被災地にうつわを届ける活動「ウツワノシカラ」を行うなど、日本が誇るうつわ文化を意識しながら多岐に渡り活動する。NY、パリ、台湾など国内外で個展を開催。
https://www.instagram.com/akihiro_nikaido/?hl=ja

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