
昨今の「現代アート」は、ブームと呼べるほどの盛り上がりを見せています。実際、現代アートはこれまで美術に馴染みがなかった若年層をも動かす力を持っており、なかには会期を延長する展示会もあるほどです。そこでJ PRIMEでは、注目が集まる現代アートの魅力を探るべく、東京・六本木の現代アートギャラリー「小山登美夫ギャラリー」を主宰する、小山登美夫さんに話を聞きます。
多くのアーティストを世界に輩出してきた小山さんは、現代アートをどのようにとらえているのか。また、現代アートを楽しむポイント、作品の価格、ギャラリーで実際に購入するときの流れは……。現代アートの魅力に気づけば、きっと週末はギャラリーに足を運びたくなるはずです。
目次
現代アートとの出会い。“現代的”の意味を考える

奈良美智さんや村上隆さんなど、いまや世界的となった現代アーティストを発掘してきた小山さん。その半生と、小山さんが考える“現代アート”の意味を聞きます(編集部)。
――現代アートと出会いから、ご自身のギャラリーを開かれるまでの小山さんのあゆみを教えてください。
日本画の巨匠、奥村土牛さんのご子息が美術の教員だったこともあり、中学校時代ごろから美術への興味が強まり、特に日本画や、海外の作家ではゴッホが好きでした。
転機となったのは高校生のころ、先輩がアメリカの画家、ジャスパー・ジョーンズの画集を貸してくれたことです。現代アーティストの旗手でもあるジャスパーの絵の不可思議さを読み解くことに、気持ちよさを感じたんです。思い返すと、それが私にとって現代アートとの出会いになります。
東京藝術大学へ進学し、卒業した後は「西村画廊」という当時の現代的な作品を扱う画廊に就職しました。その後、「白石コンテンポラリーアート」「東高現代美術館」などを経て、1996年に独立。「小山登美夫ギャラリー」を開きました。
――ギャラリーを開いた背景には、どのような思いがあったのでしょうか?
初期の村上隆や奈良美智といった若手アーティストを扱い、売り出したいという思いがありました。ところが、ちょうどバブル崩壊の直後のことで、これがなかなか思うように売れない。
そんなとき知己から参加をすすめられたのが、「海外のアートフェア」です。当時から米・シカゴなどで大規模なアートフェアが開催されていましたが、彼がすすめたのはそういった類のものではなく、“ホテルで開催するアートフェア”。前日にホテルのいたるところに絵を飾って、夜はそこで寝て、翌朝にアートフェアをオープンするというスタイルです。
言われるがまま、ロサンゼルス、マイアミ、ニューヨークの3都市のアートフェアにギャラリストとして参加しました。展示のために、人生ではじめてスイートルームを借りて寝食をしたことは、いまとなってはよい思い出です。
ホテルのアートフェアは、普段はアートフェアが開かれないような場所で催されます。そこに気鋭のギャラリストがこぞって集まって若手作家の作品などを展示するため、訪れた人々の目には思いもしなかったような新しいアートの数々が飛び込むことになります。
「よく知らない作家だけれど面白い」。
コレクターの心を動かすのは、こうした作品が持つ“面白さ”です。ホテルのアートフェアでは作品が次々に売れていきました。作家のネームバリューによらず、まだ見ぬ現代的な価値や面白さを見出そうとする海外のコレクターのエネルギーに衝撃を受けました。
私にとって海外のアートフェアに参加したことは、海外と日本の作品の見方や、アーティストの評価方法の違いに気づくきっかけになりました。当時の日本の美術界ではアートは“高尚”なもので、老舗ギャラリーは小規模なアートフェアには参加しないのが当たり前だったのです。
既存の潮流とは違う、若い新しい価値を見出す。そんなアート文化を、私たちの世代がつくってきたと自負しています。

――「既存の潮流とは違う」という感覚は、現代アートを考える上でひとつのキーワードだと思います。小山さんの考える「現代アート」とは、どのような芸術でしょうか?
たとえば江戸時代の屛風絵において、伝統の枠にとらわれない個性を持った伊藤若冲や曽我蕭白は、美術史研究の中では正当な評価を受けてきませんでした。しかし、辻惟雄さんは著書「奇想の系譜」の中で、歴史の中で埋もれてしまった画家の“既存の潮流との特異性”を再評価し、美術史の表舞台に立たせたのです。
このように既存の潮流との特異性を観察することで、美術史や表現の歴史は変わっていきます。現代アートはその名のとおり“現代的”なアプローチでつくられたアートですが、このようにジャンルや技法に縛られずに、いまの視点で昔のものを見ること、これを“現代的”だと私は考えます。
ジャンルや技法にとらわれず、いまの視点でどう制作するかについては精神的・哲学的な論点があり、そこが現代アートの点が面白いところです。
ただし、作家が現代的な再構築までを意識しているかは、さして大きな問題ではありません。なにより大切なのは、いままさに現代を生きている自分が「やりたいこと」に気づけているかです。潮流や歴史、自分の記憶はそれらに気づくきっかけでしかありません。
各々が各々の視点で気づき、考えた「やりたいこと」。それを形として表現したのが、私の考える“現代アート”です。
現代アート、そしてギャラリーを楽しむコツとは?

なかなかアートに馴染みのない人にとって、現代アートやギャラリーは「ハードルが高い」と感じることもあるかもしれません。小山さんに楽しみ方や、そのコツについて伺います(編集部)。
――小山さんが考える現代アートの楽しみ方やそのコツなどがあれば教えてください。
現代アートに限りませんが、なんといっても自分が、「いい!」「かわいい!」「気持ちがいい!」「欲しい!」と素直に感じることが楽しむための第一歩です。
そこで、ぜひみなさんに挑戦してほしいことがあります。美術展やギャラリーに行って、ゲーム感覚で自分が一番「好き」だと思う作品を選んでほしいのです。
自分が好きなものは、じつは意外とわからないので、これに挑戦すると、だんだんと自分の好みがわかるようになります。もちろん、「嫌い」と思うのも大切な感覚です。嫌いなものを選んでいくうちに好きなものが残りますから、そうやって見つけてもよいかもしれません。
また、現代アートの面白いところは、健在の作家と会える機会があるということ。ゴッホやピカソなどの巨匠も素晴らしいですが、現代アートの作家であれば、実際に会って作品について語らい合うこともできます。
――ぜひ作家さんとの会話も挑戦してみたいのですが、美術館には足を運んだことがあっても、ギャラリーには行ったことのない方も多いと思います。ギャラリーの楽しみ方という点についてはいかがでしょう?
私のギャラリーなどもそうですが、基本ギャラリーは無料なので、気軽に訪れるとよいと思います。展示作品を見て「嫌い」と思ったら、そのまま帰ってしまって問題はありません。
ギャラリーの楽しみ方についてですが、ギャラリーは美術館と異なり「気に入った作品があれば自分のものにすることができる」という特長があります。「うちの〇〇に飾ってみたらどうか」といった視点で作品を眺めてみるのも、ひとつの楽しみ方として面白いでしょう。
また、ギャラリーは作品を見たり買ったりするだけでなく、情報収集の場としても活用できます。たとえば、気に入った作家や注目作家の動向をスタッフやメールニュースから教えてもらえるギャラリーもあります。ほかにも、最近ではギャラリーで知り合ったコレクターがインターネット上でつながって、好きな作家の情報交換をしたり、応援したりしています。
作品の価格は、作家を応援したいという想いで決まる

現代アートの作品を見るとき、やはり気になるのは価格です。高いのか安いのか、実際のところ、見当もつかない方もおられるでしょう。作品とその価格の関係について、小山さんにお聞きします(編集部)。
――作品ごとの価格がどのように決まっているのか気になります。気に入った現代アート作品に出会ったとき、その価格をどのように評価すればよいのでしょうか?
これは私の場合になりますが、はじめて個展を開く作家の場合は「売れそうな額」を、たとえば5万円などと設定して、作品の価格を決めます。重要なのは売れた後です。その作品が、後に10万円で取引されていれば、その10万円は、誰かに認められた「社会的な価値」になります。
2回目以降の個展では、作家のキャリア、人気も考慮しますが、前の作品の「社会的な価値」を考慮して金額を決めています。そのため、基本的に、作品の価格については「その作家の作品にそれだけの対価を払って応援したいと思う人がいる」と覚えておくとよいかもしれません。
――はじめて購入するとき、「自分はだまされているのではないか……」という不安を拭えない方もいるかもしれません。価格が妥当なのか判断が難しい場合は、その作家のキャリアや人気などを調べてみるとよいのでしょうか?
調べるのもよいかもしれませんが、何よりも「好きだから買う」というのが一番です。ギャラリー側が無理やり買わせるわけではないので、「好き」という気持ちに対して、自分がこの金額が妥当だと思ったら購入を検討してみるとよいでしょう。
しっかりしたギャラリーであれば、前述のように、すでに実績のある価格から、その作品の価格が決められています。ですから、価格についても、遠慮なく聞いていただいてよいと思います。少なくとも私のギャラリーでは、お聞きいただいて問題ありません。
――現代アートは作品によって、サイズにも大きな開きがあると思います。作品を購入されるお客様は、あらかじめ作品を飾る場所をイメージしている方が多いのでしょうか?
やはり多いですね。飾りたい場所の寸法を測りに一度家に戻る方もいれば、ギャラリーから飾りたい場所に絵を運んで購入を決めてもらうこともあります。すぐに購入に至らなくても、迷っているあいだは作品をリザーブしておきますので、納得のいくものを購入してもらうようにしています。
日本は、「和室の床の間には掛け軸・花瓶」といったように絵を飾る空間を限定する伝統文化もあったと思います。ですが、いまは人によって飾り方は多様で、壁があればどこでも候補になりえる状況になってきています。そのぶん飾るときの不安を持つ人も多いので、飾り方について具体的に、たとえば、壁の状態やフックの取り付け方などの相談にのることもよくあります。
――最後に、「ギャラリーに足を運ぶ前にこれだけは準備しておいたほうがよい」とったことがあれば教えてください。
作品を購入するには、知識がないといけない、と考えている方が多いようです。しかし、私の考えでは、美術史や技法などを勉強したりするよりも、やはり素直に気に入った作品を「好き」といえることが何より大切です。
もちろん勉強することが悪いわけではありません。ただ、好きだと思えないものを勉強するのは、かなりの根気が要ることが明らかです。その意味でも知識を深めたいと思うなら、まずは色々な作品を見て自分の好きなものを見つけ、それについて勉強するのが得策です。やみくもに勉強するのではなく、気に入ったものが見つかった時に、なぜこれが好きなのかと深掘りしてみるイメージです。
そのためはじめてギャラリーを訪れるのに、絶対に準備が必要なものはありません。まずは足を運んでみることをおすすめします。
――ありがとうございました。
まずは自分の「好み」を知り、向き合うこと。現代アートの楽しみ方
現代アートに親しむために、まずは自分の感性に素直になって「好み」を知ること。そして、好き嫌いで作品を見ること。これが現代アートへ近づく第一歩だと小山さんはいいます。
続けて、ギャラリーはいつでも開いていて、好きも嫌いも、話が聞ける場所であり、美術館とはずいぶん違う位置づけだと小山さんは語ってくれました。まさにいまを知る、現代を知る、いまの自分を知ることができる特別な体験が、現代アートにはあるようです。
そして、もし作品が気に入ったら、実際に持って帰ることだってできてしまう。ギャラリーでドキドキしながら眺めた作品が、今度は、いつも自分のお気に入りの場所にあるとすれば、それはまた別の見え方、感じ方を、わたしたちに与えてくれることでしょう。
いまの自分の好みの作品と出会える、現代アートの楽しみ。出会いのステージであるギャラリーは、作家に会える場所であり、さまざまな相談に乗ってくれる場所でもあります。
ギャラリーに足を運べば、きっと「好き」と思える現代アートと出会えるはずです(編集部)。
文・J PRIME編集部

Tomio Koyama Gallery