中国料理

平安時代に生まれた日本思想のひとつとして「和魂漢才」という言葉がある。「和魂」は、日本民族固有の精神。「漢才」とは、中国伝来の知識や学問。この言葉を胸に日本と中国の歴史や文化、美意識や嗜好を調和させた現代的な中国料理に挑む料理人が、川田智也さんだ。中華料理店「麻布長江」で10年間修業。その後、日本料理店「龍吟」で“和の精神”と調理技術を学び、満を持して独立。2017年に「茶禅華」(さぜんか)をオープンさせた。「和魂漢才」の精神を身体に染み込ませた川田シェフが作る奥行きのあるひと皿。その背景にある想いに迫ります。

幼少時に感動した中華料理をきっかけに、憧れを抱いた中国文化

4歳の頃に家族で食事に出かけた中華料理店の麻婆豆腐や担々麺、棒々鶏などの美味しさに感動し、「中華の料理人になりたい」と夢見た川田シェフ。以来、中国への好奇心が強く湧き上がり、黄河文明で発祥した漢字の面白さをはじめ、中国から伝来してきたさまざまな文化に魅了され続けてきたという。その生まれ持った感性を頼りに、川田さんが長い時間をかけて吸収してきた哲学や文化的背景が多分に感じられる場所がここ「茶禅華」。東京・南麻布の閑静な住宅街の一角にひっそりと佇む、一軒家の中華料理店である。

中国料理店の内装
1階ダイニングの奥には、中国建築の門や窓を思わせる円形の設えが印象的なスペースが。 川田シェフがこれまでに収集してきた200〜300年前の骨董に加え、現代作家の茶器や器 が美しく並ぶ。左奥が厨房。



お茶を淹れる男性
カウンターには茶盤が置かれ、スタッフがこまめにお茶を淹れるスタイルをとっている。時間があるときは、川田シェフ自ら、香り高い繊細な味のお茶のうまみを丁寧に抽出し、提供することも。


1階はダイニング、2階は個室に。ホテルや飲食店などの店舗デザイン、設計を主に手がけるインテリアデザイナー・藤本泰士氏が率いる「DESIGN STUDIO CROW(デザイン スタジオ クロウ)」と川田シェフがイメージをすり合わせ、日本と中国の文化を調和させた空間を演出した。

円形のテーブル
3つの個室のうち、1室は円卓を囲む6名用の席、他の2室は4名用の席が用意されている。個室のみ子どもも可。


中国から日本へ伝わってきた文化を学び、ここでしか食べられない料理を届けていく

「幼い頃から東洋の文化に興味を抱くことが多かったんです」

と、川田シェフは振り返る。大人になり、中国へは何度も旅をしたし、日本では禅宗の寺を訪れることに楽しさを覚えたという。

「そこで見て、感じたものや雰囲気が非常に好きだったこともあって、店名には仏教の一派である『禅』の文字を組み込みました。茶道、書道、禅などは、中国から日本へ伝わり、日本人独自の美意識で磨かれ、受け継がれてきたものです。料理の美味しさはもちろんのこと、私は中国から日本へ伝えられてきた文化も含めて『茶禅華』でしていきたいと考えています。中料理を本気で勉強しようと思ったら、“一生を4回やっても足りない” と言われるほど、壮大で奥深い。それは、料理人として歩みを進めるほどに強く実感します。だからこそ、中国文化をしっかりと学び、日本人としていかに表現していけるか、日々情熱を注いでいます」

壁に取り付けられた器
階段の踊り場の壁には、前職でお世話になった「龍吟」の山本征治シェフから開店のお祝いに譲り受けた景徳鎮窯の磁器「青華龍文大皿」が。直径約130㎝の大皿には、中国で皇帝の象徴である龍がダイナミックに描かれている。「5本の爪の龍が描かれた器は、皇帝への献上品にのみ許されたもの。店の守り神にしています」と川田シェフ。


川田さんの料理は中華料理を軸としながらも、日本人独特の感性や心づくしの丁寧な調理法が際立つ。メニューは一品料理や大皿料理で構成される3種類のおまかせコースのみ。どのコースもデザートを含めて13品から15品ほど。なかでも、「茶禅華」のスペシャリテとして人気なのが干鮑だ。有田焼窯元、三徳窯で作られた大皿に盛り付けられた気品溢れる一品である。

中国料理
豚肉、鶏肉、金華ハムを20時間炊き込み、最後に鶏のミンチを加えて作ったソースが、鮑のうま味やなめらかな食感をより一層、引き立てている。


中国で愛され続けた岩手県・吉浜で作られた干鮑

「岩手県大船渡市三陸町吉浜で獲れた鮑が世界でナンバーワンと言われる高級品であることを、日本ではあまり知られていないんです。なぜ、知られていないのかと言うと、ほとんどが中国に輸出されているから。その歴史は江戸時代に遡ります。『中国の皇帝は、岩手県の吉浜で育ったものではないと納得しなかった』という逸話があり、江戸幕府は吉浜産の干鮑、干ナマコ、フカヒレなどをすべて中国に輸出し、日本には流通させなかった。その歴史が今も続いているというわけです。私たちは吉浜の仲卸の方から直接仕入れることもあります。中国で愛され続けてきた吉浜産の干鮑の文化をしっかりと守っていきたいという想いがあるので、当店の名物メニューにしています」

料理の美味しさを優しく包み込むような、中国、台湾、日本茶のペアリング

さらに、コース料理に寄り添うペアリングも展開。アルコールペアリング、ティーペアリング、ミックスペアリングがあり、なかでも特に人気なのが、アルコールとお茶を交互に楽しめるミックスペアリングだという。お茶と酒の割合に関しては、相談も可能だ。

干鮑に合わせたのは、雲南省臨滄にある樹齢600年ほどのチャノキから摘まれた茶葉で作られた白茶だ。

白茶
茶葉に産毛が生えていて、それが銀色に見えることから「古樹銀針」という名前がつけられた。美しい茶葉をお茶に浮かべて提供することも。


「古樹銀針の白茶は干鮑の昆布のような香りをふっと優しく包み込んでくれる味わいです。子どもが親と一緒にいて安心する関係性のような、料理をそっと底上げしてくれるペアリングを提案したいと思っています」

続いて出されたのが、秋刀魚の春巻き。古い伊万里焼の絵付け皿に上品に盛り付けられた佇まいも魅力だ。

春巻き
秋刀魚に梅肉と大葉を挟み、皮を巻いて揚げた定番メニューの春巻き。すだちを秋刀魚の身の部分にギュッと絞るとよりさっぱり楽しめる。噛むたびに皮のパリパリとした軽い食感と心地よい音に食欲がそそられる一品。春は桜エビ、夏は鮎、秋は秋刀魚、冬は上海蟹や松葉蟹というように、旬の味覚を通年で味わえる。


「サクサクとした食感を楽しんでいただけるように、油をたっぷり使いつつ、低温から少しずつ温度を上げながら色付けています。ペーパーを変えながら4回くらい油を切って。揚げる時間や油を切る時間を緻密に計算して作っています」

中国で見た印象深い風景をひと皿ひと皿で表現する

そして、次なるコースメニューは、川田シェフが「万里の長城の力強さをイメージした」と語る、中国料理らしい迫力の大皿料理、雲白肉(ウンパイロー)。皿に盛った状態のまま、せいろで2分ほど蒸し、瞬時にソースを回しかける。熱と湯気が逃げないよう直前まで蓋をし、客前で出来たてを披露。その臨場感溢れるパフォーマンスに心が躍る。

焼きなす
鳳凰の尻尾に見立ててスライスした秋茄子とやまと豚に、醤油と砂糖、香辛料を煮詰めて作ったオリジナルのソース「甜醤油(テンジャンユ)」を回しかけて。4名客には前菜として、2名客にはメインのひと皿として提供するなど、予約人数に合わせて出すタイミングに変化をつけることも。白いごはんにのせても絶品。


日本料理独特の上品さを感じるひと皿から中華料理らしいダイナミックなひと皿まで多皿で展開されるコースは、盛る器のひとつひとつにまで目配りが効いていて、川田シェフの熱き想いが感じられる。次にどんな料理が展開されるのか、想像する時間もまた、“おたのしみ”のひとつだ。

「料理人として大切なのは、素材の“天性”を理解することです。つまり、もともと持っている性質をきちんと見極められるかどうかが重要。日本料理が滋味に富む料理だとしたら、中国料理は圧倒的な迫力とうまみが特徴です。その二つが調和した世界がいちばん、僕が考える中国料理としては尊いと思っています。いつも心に留めているのが、禅僧・道元が書いた『典座経典・赴粥飯法』の中の教えです。禅の修行道場における食を司る典座が大切にした『三徳六味』という言葉があります。三徳とは、一に軽軟(きょうなん)、二に浄潔(じょうけつ)、三に如法作(にょほうさ)。『軽軟』は料理が柔らかくて、あっさりした優しい味わいであることを意味しています。そして、すべてが綺麗に整っていることを『浄潔』と表現。『如法作』は、理に適ったことがなされているということ。いつも店のスタッフとこれらの概念について語り合い、料理やサービスについて意見交換しています」

禅の精神を重んじ、日本文化と中国文化が調和した料理を作る川田シェフ。その創造性に富んだ心尽しの料理を頬張るたびに、長い歴史に想いを馳せるロマンチックで温かな時間が流れ出す。ぜひ、大切な人と訪れて美味しさを分かち合い、明日を生きるための心の栄養にしてみてはいかがだろう。



「茶禅華」
東京都港区南麻布4-7-5
☏ 050-3188-8819(予約専用)
営業時間
17:00~20:30(最終入店)
季節のおまかせコース23,000円〜
干鮑入りのコース38,000円〜
円卓個室限定の特別コース 60,000円〜
上海蟹コース(10月中旬から1月中旬まで)35,000円〜

*税・サービス料別
休 日曜日・月曜日を中心に不定休
https://sazenka.com/


撮影/吉次史成 構成・文/矢島聖佳

※「感染防止徹底宣言ステッカー」認可店

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