画家,オディロン・ルドン
(画像=章雄 櫻木/stock.adobe.com)

19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したフランスの画家、オディロン・ルドンをご存知でしょうか。一般に、ルドンは「象徴主義」といわれる作家や詩人、音楽家たちをも含めた芸術運動をけん引した1人として知られています。今回はこの、オディロン・ルドンに焦点を当てて解説します。ルドンの作品はもとより、彼の影響を受けた日本の画家の作品や漫画作品をより深く味わえるようになるでしょう。

象徴主義の巨匠、フランスの国民的画家「オディロン・ルドン」

同時期に台頭した、自然の風景や日常の一瞬を描写する印象派(印象主義)に対し、象徴主義の画家たちは人間の内面や夢、神秘性などを象徴的に表現しようとする絵画を多く残しました。象徴主義の巨匠には枚挙にいとまがありませんが、ルドンのほかにギュスターヴ・モロー、エドヴァルド・ムンク、グスタフ・クリムトらが日本でもよく知られています。

そのなかでも先駆としての名声が名高いオディオン・ルドンは、実は日本と深いかかわりがあることでも注目されています。日本の美術館にも多くの作品が所蔵されているルドンは、後述しますが日本の画家や漫画家にまで大きな影響を与えていました。

数々の悲運に見舞われるも成功をつかみ取る

オディロン・ルドン(1840~1916)は、フランスのボルドーに生まれます。裕福な家庭に生まれたのですが、すぐに里子に出され、11歳まで田舎町で親元を離れて過ごしました。性格は内向的で病弱だったといわれています。

そんなルドンは17歳ごろに植物学者のアルマン・クラヴォー(1828~1890)と出会い、顕微鏡の中の世界に魅せられ、その後の制作に大きな影響を与えます。

その後、1864年には放浪の銅版画家ロドルフ・ブレダンに師事。1878年ごろからはアンリ・ファンタン=ラトゥールからリトグラフ(石版画)の指導も受けています。

当時のフランスの画壇というと、印象派の画家たちが大活躍していた時代です。モネやルノワールは同世代の画家で、日常の感覚を美しく描くことで絶賛されていました。しかし、ルドンは刹那的で客観主義的ともいえる印象派を批判し、目には見えない人間の本質や真理、人間の内面にある精神性を描くことを試みます。

そうして1879年、初となる版画集『夢の中で』を刊行。このころ、眼球が気球になっているような版画、『眼=気球』(1878ニューヨーク近代美術館蔵)など現在でも有名な版画が発表されています。

続いて、1882年には、アメリカの小説家エドガー・アラン・ポーの影響を受け石版画集『エドガー・ポーに』を刊行。『泣く蜘蛛』(1881)、『サボテン男』(1881)などの一見不気味で非現実を描いた画風は、のちにシュルレアリスムにもつながっていきます。

その後の1890年には、初の油彩画『目を閉じて』を発表。それまでモノクローム中心の作風だったルドンは、このころからパステル技法などを取り入れながら色彩豊かに幻想世界を描くようになりました。1880年代半ば、生後6ヵ月の長男の早すぎる死去を経験しているルドンですが、絶望ののちに次男を授かったことによる心境の変化も色彩表現から見て取れます。

20世紀に入って間もなく、レジオン・ドヌール勲章を受章。名実ともに著名な画家となったルドンでしたが、第一次世界大戦が始まると、出征した次男アリは行方不明に。最愛の息子の手がかりを追いながら、1916年に息を引き取ります。

日本の画家たちに大きな影響を与えた

悲運の最期を迎えたルドンですが、いまはフランスで国民的な芸術家として知られ、日本の画家たちにも影響を与えています。その代表として名が挙がるのが、坂倉新平(1934~2004)、坪内節太郎(1905~1979)です。いずれも、抽象的表現、心象表現を取り入れていることで名声の高い画家です。

そのほか「ゲゲゲの鬼太郎」の作者、水木しげる氏も非常に大きな影響を受けています。水木しげる氏は、「アサヒグラフ別冊・美術特集」(1989)に執筆した随想「ルドンと私」の中でこう述べています。(以下要旨)

“ルドンの絵を初めて見たのはずいぶん昔のことだ。学校の図書館で『世界美術全集』をみた。その中に、目の玉があくまでも空に昇る絵をみた。”ルドン”と書いてあった。世の中には不可思議な絵をかくものもいるなあ、と思う一方,ぼくも妖怪が好きだったから、ルドンがいるなら妖怪だって許されるのだ、と思い、気を強くした。”

「目の玉があくまでも空に昇る絵」というのはルドンの代表作『眼=気球』のことだと推察できますが、これがのちの「目玉おやじ」誕生のヒントとなったことは想像に難くありません。

水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」は今もなお人気でその後も後続の漫画家に多大な影響を与えましたが、その原点はルドンにあったといえるかもしれません。

ルドンと師を同じくする日本人画家、山本芳翠

ルドンが画家を志して、1864年に数ヵ月だけ弟子入りしたのが、新古典主義の画家ジャン=レオン・ジェローム(1824~1904)です。14年後の1878年になりますがジャン=レオン・ジェロームには日本の画家の山本芳翠(1850〜1906)も弟子入りしています。

山本芳翠の代表作『浦島』をみると、その影響が如実に表れていることがわかると思いますが、ルドンの絵にはジャン=レオン・ジェロームのような絵画手法の影響はさほど感じられません。同じ師から学んだ兄弟弟子とはいっても学ぶポイントは相当違っていたようです。

ルドンが観られる展覧会が三菱一号館美術館で開催

ルドンの作品の展覧会が、岐阜県美術館の協力のもと、三菱一号館美術館で開催されています(開催期間:2020年10月24日~2021年1月17日)。

タイトルは『1894 Visions ルドン、ロートレック展』。同美術館の開館10周年を記念し、丸の内初のオフィスビルとして三菱一号館が竣工した「1894年」に焦点を当てた企画展になっています。1894年はルドンが初めて色彩豊かな作品を発表した最初の年とされており、同年にルドンと同じ師の元で学んだ山本芳翠が、代表作『浦島』を制作した時代でもあったということです。

こうしたことから、同企画展では日本の洋画家と欧州の美術史の関係にも着目した展示が行われるとのこと。これを機会に、ルドンに興味を持った方はぜひ観に行かれてはいかがでしょうか。

文・J PRIME編集部

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