ニューロドーピング
(画像=ipopba/stock.adobe.com)

頭蓋の外から脳へ電気刺激を与えることによって運動や学習の能力を高める――こうしたSFの世界のような、にわかには信じがたい技術が実現しつつあることをご存知でしょうか。「ニューロドーピング」とも呼ばれる、脳への電気刺激によって身体能力を向上させる先端技術が、私たちの生活に入り込もうとしています。その驚きの技術と効果、応用例を解説します。

脳への電気刺激で能力向上を図る「経頭蓋直流電気刺激法」とは

能力向上や治療の目的で脳へ極めて微弱な電気刺激を加える方法のことを「経頭蓋直流電気刺激法(tDCS :transcranial direct-current stimulation)」といいます。頭皮の上から1mA程度の弱い直流電気を通電することで脳が活性化し、うつ症状の改善、運動機能障害のリハビリテーション、記憶力の向上などにつながると考えられています。

理化学研究所は2016年に、マウスを使った実験の研究成果から「tDCSによりノルアドレナリンが放出され、アストロサイトのカルシウム上昇を介してシナプス伝達の増強を起こしやすくなる」ことを明らかにしました。つまり、頭皮を通じて微弱な電気刺激を与えることにより、神経間の情報伝達がより強力に行われるようになり、先に挙げたさまざまな効果が得られるというのです。

では、こうした研究成果があるなか、tDCSはどのように実生活に応用されているのでしょうか。

「ニューロドーピング」のメリットと応用例

tDCSはスポーツ、医療、学習の分野などで応用方法が研究されています。それぞれの近況を見てみましょう。

・スポーツ分野
盛んにtDCSの応用方法が研究されているスポーツ界では、すでに実用化がはじまっています。こうした動きを“脳へのドーピングだ”として問題視する声もありますが、薬物を使用するわけでもないので、いまのところ使用を抑制しようとする動きは見られていません。

あるスキージャンプのチームでは、tDCSをトレーニングに応用したところ、選手たちのジャンプ力が31%向上したといいます。ちなみに通常のトレーニングを実施した選手たちの向上率は18%でした。

・医療分野
脳卒中患者のリハビリテーションにtDCSを応用する試みなどがあり、いくつかの論文があります。これらによると脳卒中で上肢運動障害となってしまった患者に対し、実際の運動学習とtDCS を組み合わせが上肢運動技能の長期的保持に有意な促進効果を持っているといいます。

・学習
学習能力が向上するかを調べる実験も行われています。この実験はオックスフォード大学の研究者が、被験者の学生の脳に弱い電気刺激を与え5日間学習させたところ、電気刺激を与えなかった被験者に比べて2倍から5倍も学習効果が高まったという結果が得られました。引き続き6ヵ月後に同じ被験者に対して行ったテストで、tDCS を行ったグループの方が30%から40%も高いパフォーマンスを保っていたそうです。

すでに商品化されたニューロドーピング装置

実は、すでにtDCSを体験できるデバイスは一般に販売されており、誰でも手に入れられます。これは米Halo Neuroscienceの「Halo Sport(ヘイロー・スポーツ)」という商品です。日本にも輸入代理店があり、アマゾンなどで販売されています。

2019年に発売された「Halo Sport 2」(Halo Neuroscience社プレスリリースより)
2019年に発売された「Halo Sport 2」(Halo Neuroscience社プレスリリースより)

形はヘッドホンに似ていますが、頭皮に触れる部分にたくさんの突起があり、そこから脳へと微弱な電気が流れる仕組みになっています。また「ヘイロー・スポーツ」は、アメリカのFDA(アメリカ食品医薬品局)から医療用機器として認証を受けたものではなく、あくまでもスポーツや楽器の練習などのシーンでの活用を想定しています。ただし、同製品は当局から「一般的な健康デバイス」として分類されており、健康な人がパフォーマンス向上のために使う範疇において安全な機器だとみなされているようです。

ニューロドーピング(tDCS)に対する懸念も

tDCSは「ヘイロー・スポーツ」が発売されたことにより、インターネットやテレビで紹介されるなど、その効能が広くうたわれるようになってきています。

この効能に対し、2019年3月に一般社団法人日本臨床神経生理学会は、tDCSについての注意を呼びかけています。具体的には、おそらく「ヘイロー・スポーツ」の一連の効果を指して「科学的な検証が十分に為されたものではなく、装置の安全性の検証も不十分」であるとし、制限なく使用することに対して注意を喚起しています。また、国際臨床神経生理学会連合(IFCN)もこのような機器を用いた「DIY(自己治療)」を推奨しないとしていることも、この注意勧告の中で言及しています。

学会で安全性が確認されるまでは様子見?

スポーツであれ学業であれ、人間は誰でも調子を崩すときがあります。そんなとき手軽に運動能力や学習能力を高められるtDCS機器が身近にあれば、頼りたくなるのも本音でしょう。また、競争社会のなかで人よりも早く結果を出したいという思いは、ときに焦りにもつながります。

しかし、神経系の専門学会が「ヘイロー・スポーツ」のようなtDCSの簡易装置について注意喚起をしていることもあり、ここはしばらく様子見するというのが現状の結論でしょうか。

ただし、「ヘイロー・スポーツ」は、直接脳に電気で働きかけて能力を向上させるtDCSという技術、またtDCSの医療分野への応用方法が模索されていることを広く世の中が知るきっかけになりました。人間が開発した新しいテクノロジーの1つであるこの装置が、社会にとって良い影響を及ぼすことを期待しましょう。

文・J PRIME編集部

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