カラフルなうつわ

うつわはおもに料理のためのものですが、作家が作るそれには暮らし方や社会の捉え方まで変えてくれるほどの思想があります。それを知ることはアートに心動かされる感覚ともよく似ていて、かかわることで自分の中の何かが変わるような体験。そんなうつわの「名作」をたどる連載の第6話は、熊谷峻さんのガラス。


うつわと人の親密な関係

うつわという言葉の語源は何か。諸説ありますが、そのひとつは「空(うつ)」。「空っぽであること」「空虚であること」を意味するといわれています。つまり、うつわとは必ずしも何かを入れることが前提ではない。「空」を何で満たすかは、人それぞれであり、何も入れなくとも、見る人との親密な関係で満たされるうつわもある。熊谷峻さんのガラス器は、そういううつわのひとつです。


熊谷さんの作品には、花器や板皿、仏をかたどったオブジェなどありますが、中でも、色とりどりの、それも、経年してくすみを帯びたような乾いた色が混じり合う、手のひらサイズの壺は、土を被っているようだったり、朽ちたように見えたり、まるで発掘された古物のよう。世界でひとつしかないものに出合ってしまったような、親密な感情を抱かせます。

そうした作品がギャラリーなどで紹介されるようになったのは、ここ数年のことですが、熊谷さんの手からこの独特なガラスの表現が生まれたのは、美大でガラス工芸を学んでいた2009年。世の中には、吹きガラスの技法で作るグラスやボウルなど、個人作家による手作りのガラス器もだいぶ出回っている中、これまで見たことがないようなものを作りたいと考えた熊谷さんは、吹きガラスではなく、鋳造(ちゅうぞう)という技法を選択します。なぜなら「鋳造は、予想ができないことだらけだったから」。


見たことのないガラスを作る

鋳造とは、石膏など耐火性のある素材で作った型に、原料となるガラス片やガラスの塊を詰めて窯に入れ、1000度近くまで温度を上げて溶かしたのち、時間をかけてゆっくり冷ますことでかたちづくる技法。型に流し込んだ状態のまま冷却するため、できあがりを見るにはトンカチで型を砕き、中から作品を取り出すしかない。毎回、一から型を作る必要のある一点もの。型を割るその瞬間まで、どんな風に仕上がったのか、制作する本人にも分かりません。小さい作品でも、溶解から徐冷まで窯の中で5日はかかるといいます。

鮮やかな色彩のうつわ
光を透過するとなんとも神秘的な表情に。花器¥15,400(ギャラリー「プラグマタ」にて購入可能。http://www.pragmata-gallery.com/


熊谷さんのすごいところは、予想がつかないこの技法に、さらに予想のつかない要素を加えてしまうこと。ガラスに土や金属の粉を混ぜて鋳造するのです。すると、ガラスの成分と金属が反応して思いがけない発色を見せ、さらに、3つの異なる素材が、高温のもと型の中で対流することにより、色が混じり合う。最終的には、表面に土がランダムに付着し、古物のようなテクスチャーを見せるのです。

趣のある花器
ひとつとして同じものはない一点もの。花器¥9,900~(ギャラリー「プラグマタ」にて購入可能。http://www.pragmata-gallery.com/


見たことのないものを作るには、原型づくりも重要でした。一般的に、石膏型を作るには、仕上がった時に目指す作品のかたち(ここでは小壺)を粘土で作り型を取りますが、熊谷さんは、あえて粘土ではなくロウを使います。ロウは柔らかいため、均整のとれたかたちに成形するのが難しく、自分の手を介しても、意図しないゆがみやへたれがでる。予想ができない要素が、またひとつ、作品に加わるのです。

ひびのような器の外観
ガラスに陶芸の土や金属の粉を混入し、熱を加えるとそれぞれの成分が化学反応を起こし、経年し朽ちたような独特のテクスチャーとなる。


美しいものに出合う瞬間を待つ、もの作り

「鋳造技法は、窯の中のガラスの変化に全てを委ねるしかありません。型を割り、中のガラスを取り出して水で洗う。その瞬間、溶解したガラスがどのように土や金属と反応したか、その痕跡が目の前に現れる。何度やっても『おおっ!こう出たか』って興奮します。遺跡を発掘するとか、鉱山で宝石を見つけることとかって、これに近いのかなと思うことがありますね。自分の想像を超えたところにある、目に見えないものに心を通わせて、出合う瞬間を待つような感覚です」

黒い背景にオレンジと青緑色の器
暗がりに置くと、まるで焼物のようにも見える。いくつかコレクションして並べれば、安らぎのコーナーが生まれる。花器¥9,900(ギャラリー「プラグマタ」にて購入可能。http://www.pragmata-gallery.com/


人の心でうつわを満たす

熊谷さんの作品を、古代のローマングラスのようだと思う人も多いようです。ローマングラスは、何千年も地中に埋まっていた間に、土の成分が作用してガラスの表面が銀化(ぎんか)を起こし、色が変わったり、金属のような表情になったりしたもので、人の手が作り出せない「経年」という名の美をたたえます。熊谷さんのガラス器の色は、経年ではなく、窯の中で生み出された変化ですが、古代のものと似た佇まいを持つ。その理由は、熊谷さん自身が、自分の想像が及ばないところで美しいものが生まれることに強く憧れ、制作の過程で、それが起こる「状態」を整えていくからなのでしょう。

黒い背景に青緑色の器
古代のローマンガラスと見紛うほどの存在感。花器¥9,900(ギャラリー「プラグマタ」にて購入可能。http://www.pragmata-gallery.com/


「自分がコントロールできるのは、材料の調合と型の成形までです。それらがどのように混じり合い変化するかは、炎の力に任せて、自分は、美しいものが生まれて欲しいと願う。いや、むしろ、祈る感覚に近いですね」と熊谷さん。予想ができないことに身を委ねることを恐れず、むしろ、そこから生まれる見たことのないものとの出合いを、作家本人が慈しんでいる。

熊谷さんの小壺を初めて手に取った時、お守りを見つけたような神聖な感覚を覚えたのは、この作家がうつわに込めたそういう想いを無意識に感じたからなのかもしれません。作家の作る姿勢がものに宿り、うつわを持つ人の心を動かす。そして、うつわの「空」を満たす。そんなうつわというのも、いいものです。

黒い背景に色とりどりの器たち
砂浜で拾った綺麗な石を集めていくように、ひとつ、またひとつとコレクションしたい作品。花器¥9,900~(ギャラリー「プラグマタ」にて購入可能。http://www.pragmata-gallery.com/



衣奈彩子 うつわライター/編集者
(プロフィール)
女性誌編集部を経て2005年独立、子育てをきっかけに家族のおいしい食卓に欠かせないうつわにはまる。なかでも同世代の作家が想いを込めたふだん使いのうつわが気になって仕方がなく、仕事とプライベートの垣根なく作り手と交流し取材を重ねる。うつわを中心に手仕事や暮らしにまつわるテーマで執筆の傍ら、作り手の思いを伝える書籍の編集にも携わる。著書に『うつわディクショナリー』(CCCメディアハウス)、編著に『料理好きのうつわと片づけ』(河出書房新社)
https://www.instagram.com/enasaiko/?hl=ja

撮影/白石和弘
http://shiraishikazuhiro.com/

熊谷峻・ガラス作家
(プロフィール)
1983年、秋田県生まれ。秋田公立美術工芸短期大学美術学科専攻科修了。同大学の教務補助を経て、2012年、富山ガラス工房に所属。工房業務のかたわら作家として活動。2017年より、秋田市にてガラス工房の立ち上げに関わったのち、2020年独立。
https://kkumashunn.wixsite.com/shunkumagai

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