
アキッレ・カスティリオーニの照明《トイオ》をはじめ、マーティン・バースによる《スモークチェア》、マルセル・ワンダースがデザインしたロープを編んだ椅子など、石田さんの家には、20〜21世紀家具の名品がさりげなく置かれている。共通しているのはザ・名作家具というより、どこかアイロニカルでユーモアのあるものたちとのこと。それは彼の仕事のアイデアソースにもなっている。
「釣りと自動車」、好きなものだけで構成された照明

築39年のマンションの一室をフルリノベーションした石田勇介さんの自宅。現在、DIYにて再びリノベーション中で、建築資材があちこちに転がっている。その合間のコンクリートむき出しの壁にはポルシェ《911》のドアが飾られ、柱にはフランスのヴィンテージの街灯が取り付けられている。そして、置いてある家具は、どれも名品ぞろい。
「ただ、往年の名作というより、1990年代や2000年代など最近のデザインのものが多いですね。その中で《トイオ》は1962年のデザインと古いのですが、これは別格なので」
別格の理由は「好きなものが詰まっているから」とのこと。「小学生の頃から釣りが好きで、今もよく渓流釣りに出かけています。そして、車好きでもある。《トイオ》はそのふたつが組み合わさったものなんです。アーム部分は158〜195cmに伸縮し、コードもリールのようにアームに巻きつけて長さを調整できます。つまり、釣竿の構造を模しているんです。光源には自動車のヘッドライトがそのまま使われています。何度か電球が切れたので、今は発売元の〈フロス〉が出しているスペアランプではなく、自分で選んだ自動車部品に付け替えています」



イタリアを代表する巨匠デザイナー、アキッレ・カスティリオーニは、1944年に兄のリビオ、ピエル・ジャコモとともに建築事務所を設立。'62年に設立された照明メーカー〈フロス〉では、デザイン部門の責任者として活躍した。この《トイオ》もその時代に作られたもの。配線やトランスといった構造をそのままデザインに生かし、インダストリアルな無骨さを持ちながら、イタリア製らしいエレガントな雰囲気があるのも特徴だ。
「購入したのは15年くらい前。好きなものだけでできているなんて、こんな嬉しいことはないですよね。何度見ても格好いいなあ、と惚れ惚れします。出力が300ワットあるので1灯だけでもめちゃくちゃ明るくて、夜、このライトだけ点けている時もあります。ただし、そのぶん表面が熱くなるのでそこは要注意なんですけどね」
そして、この照明を筆頭に家にある家具には共通点がある。
「デザインが素晴らしいだけでなく、面白さやユーモアを感じられるかが、僕にとっては重要ポイントなんです。ストイックに機能を追求しているものもすごいとは思いますが、それだけでは物足りなくて、メッセージ性が強いものに惹かれます」

刺激を与えてくれる家具が、仕事にも好影響

メッセージ性を感じる家具のひとつに、コンセプチュアルなデザインを得意とする、マーティン・バースの「スモーク」シリーズもある。名作家具を燃やし、クリアなエポキシ樹脂でコーティング。アートとプロダクトの狭間にある作品で、構造があらわになり、機能や美、完璧さや変容に対する問いかけが表現されている。
「これは強烈でした。ただ、普通に座っていたらボロボロと壊れてきてしまったので、今はあまり座っていません。バースの表現方法も格好いいけれど、背面についているロゴも格好いいんです」

同様に、アート作品に近い椅子としてマルセル・ワンダースがデザインした《ノッテッドチェア》もある。ノッテッド(結ぶ)という名前通り、ロープを結んで椅子に成形し、エポキシ樹脂で固めたもの。ハンモックのような座り心地で、1990年代を代表する革新的な椅子だ。

「これも友人が座ったら結び目がほどけかけてしまったので、今は置いて眺めています。僕自身、仕事をしていく上で、ユーモアやアイロニーといった遊び心を忘れずにいたいと思っているので、それを形にしているデザイナーは素直に尊敬します。そして、形になったものが世に出回っていたら手に入れたい。買うことが理解しているという表明になるからです」
だから、欲しいと思ったらあまり考えすぎず、直感で購入する。
「作り手の思いや主張、コンセプトがはっきりしているものが身の回りにあると、すごくポジティブに働くんです。自分もそういう仕事をしなくては、と激励される。だからこそ、往年のものより同時代のものにより惹かれるのかもしれません。視界に入るものすべてから、知らず知らずのうちに影響を受けていると思います」
そう考えると、石田さんの自宅はまるで博物館のようでもある。好きなものを所蔵し、そこからアイデアやひらめきを引っ張り出す。無造作のように見えて、実はきちんとキュレーションがなされた空間なのだ。

Yusuke Ishida
映像の仕事を経て、2014年「toolbox」に入社。現在、ディレクターとして、既存の商品をコーディネートしたキッチンのセットアップなどの企画商品の開発を進めている。2010年に中古マンションを購入し、セルフ・プロデュースでリノベーション。
撮影/兼下昌典 構成・文/三宅和歌子