瑠璃の浄土
(画像=PIXTA)

写真を芸術作品へと飛躍させた人物として、世界的に評価を受けている現代美術作家といえば杉本博司氏です。杉本氏の個展「瑠璃の浄土」が、京都京セラ美術館で10月4日まで開催中です。

戦乱や疾病で不安の多かった平安時代後期に人々が救いを求めたのが浄土思想です。個展では、展示空間を架空の寺院と見立て、浄土を表現しています。現代の京都に再び登場した瑠璃の浄土には、いったいどんな景色が広がっているのでしょうか。

仮想の浄土を表現した「杉本博司 瑠璃の浄土」

京都市美術館は、2020年4月に京都京セラ美術館としてリニューアルオープンしました。その開館記念展として、杉本博司の瑠璃の浄土を開催しています。

従来の寺院と同様に、本堂を中心に内陣や参道を想定した空間を表現しています。瑠璃を表現する古代ガラス玉を用いた作品から、杉本氏が自ら収集した古美術品まで、写真作品を中心にさまざまなジャンルの作品を展示しています。

鮮やかな光の浄土「ニュートン廊」とは

寺院に見立てた会場の内陣にあたるスペースを、杉本氏は「ニュートン廊」と呼んでいます。このニュートン廊には、最新作である写真作品「OPTICKS」シリーズを展示しています。筆をカメラに、絵の具を光に置き換えて、絵を描く感覚で制作したというOPTICKS。鮮やかな色味が目に飛び込んでくる大判カラー写真の作品です。

杉本氏は、科学者ニュートンのプリズム実験を再現することに加え、デジタル技術を駆使し、15年かけてこのOPTICKSシリーズを完成させました。

まず、ニュートンのプリズム実験をベースとした光学ガラスの観測装置を作成するのに、4年を費やしました。そのプリズム装置を使って太陽光を分散させ、その光をより鮮やかに写すために、鏡に投影させた光をポラロイドカメラで撮影します。そして、ポラロイドフィルムをデジタルにスキャンし、ノイズを消すなどの調整を加えています。

この撮影は、冬の早朝に晴天を確認してから始まります。太陽の上昇とともにプリズムから分かたれる色も刻々と変化をしていきます。次々に変わる表情に合わせるように、鏡の角度も調節しながら瞬時に撮影していく杉本氏。シンプルなものほど撮影とプリントが難しく、満足のいく作品に仕上がるまでに15年を要したということです。

「プリズム実験の観測結果を作品にした」と控えめに話す杉本氏ですが、観測結果の裏の精巧なプロセスまでもが人の心を惹きつける、壮大な芸術作品となっています。そんなニュートン廊は、科学と芸術とが融合した「光の浄土」になっているのです。

また、杉本氏が制作した観測装置も、作品として会場に設置しています。天気のよい日には、観測装置から分光された美しい光の色を体感できます。

OPTICKSの光の先に見えるもの

ニュートンは「万有引力の法則」「微分積分法」「光の分析」という科学史に残る3つの研究で、その名を知らない人はいないほど有名になりました。杉本氏のOPTICKSはこのうちの「光の分析」に注目し、ガラスでできた透明な三角柱で光を屈折させたり、分散させたりする「プリズム実験」を応用することで、美しい色と階調の作品をつくりだしています。まさに光に魅了された写真家ならではの作品であるといえるでしょう。

ニュートンの偉業である3つの発見は、17世紀のヨーロッパで流行した大疾病ペストから逃れるため、実家に籠った2年の間に生まれたといわれています。ニュートンが、疾病の恐れから研究に没頭したのかまではわかりません。ただ、このOPTICKSを通じて杉本氏が表現した光の浄土を見つめていると、平安時代に戦乱や疾病への恐れから、浄土信仰に熱心になった人々の姿が見えてきそうです

杉本氏は「浄土を希求した人々の心の有り様に思いを馳せ、 瑠璃の浄土という仮想空間を作ってみたいと願った」と話しています。本来は目に見えない架空の世界である浄土を、芸術作品として具現化したのが今回の個展といえるでしょう。

平安時代に浄土を求めた人々の想いと、大疾病から難を逃れたといわれる期間で生まれた科学的大発見が出会い、それが芸術という形に昇華しているという意味で、杉本氏以外にはまったく作れない世界といえるでしょう。そして、奇しくも現在、未知のウイルスが世界を震撼させています。

瑠璃の浄土の光を感じながら、いま私たちが何を感じ、生きていくべきなのかを見つめ直す時間を過ごしてみてはいかがでしょう。

文・J PRIME編集部

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