キンキ,トマト,フヌイユ

今年1月にオープンした東京・表参道にある複合施設『GYRE』(ジャイル)4階の食をテーマにしたスペース『GYRE.FOOD』の、フードディレクションを手がける信太(しだ)竜馬さん。彼はそのスペースの一角にあるメゾンレストラン『élan』(エラン)のオーナーシェフとしても活躍している。これまでに銀座『ロオジエ』、パリ『オテル・ド・クリヨン』、銀座『エスキス』など数々の一流店でキャリアを積み、31歳にしてオーナーシェフとしてデビューを果たした。才能溢れる若きシェフの瑞々しいイマジネーション、多様な知見と技術で展開される洗練された「新しいフランス料理」に迫ります。

日本の四季を繊細に表現した、軽やかで洗練されたフレンチ

”循環“をテーマとした1,000㎡もの『GYRE.FOOD』。その一角にある『élan』のみ仕切りがあり、特別な空間になっている。隣には姉妹店としてカジュアルレストラン『bonélan』(ボネラン)も。大きな木の扉を開けると、天井高の作りが開放感に溢れ、都会の真ん中でもゆったりと寛ぎながら食事が楽しめる。

GYRE.FOOD,店内
『GYRE.FOOD』全体の設計は、フランスを拠点に活動する建築家・田根剛さんが、“循環”から想像される自然や大地をモチーフに空間を演出。椅子や器は信太シェフ自らセレクトしている。


ガラス,オブジェ
各テーブルには、菌類やバクテリアといったミクロな世界を透き通ったガラスで表現してきたアーティスト・青木美歌さんによる『élan』をイメージしたオブジェが美しく佇む。


パリと東京の名店の厨房で技術や感性を磨いてきた信太シェフが作り出す料理は、トラディショナルな技法をベースにしながらも、従来のフランス料理の重厚感とは一線を画す“軽やかさ”が魅力だ。少量多皿構成で提供されるシェフのおまかせは、10皿と12皿の2つのコースからお好みで選ぶことができる。

生産者とコミュニケーションを深めることで出会える食材

日本の四季を感じられる食材のセレクト、素材の旨みをじっくり引き出す調理方法、色彩感覚豊かな盛り付けのアートワークに心躍る一品一品がリズミカルに展開されていくコース料理。ひと皿の中に集合する数々の食材は、信太シェフが以前からパートナーシップを築き上げてきた生産者とのコミュニケーションの“結晶”ともいえる。
「店をオープンするまでの準備期間は半年強あったので、日本各地のまだお会いしたことのない生産者やしばらくお会いしていない方、器作家を順繰り訪れました。野菜は石川県・能登島にある『NOTO 高農園』から取り寄せています。食べることが大好きな夫婦が、海を見晴らせる気持ちのいい立地で赤土の土づくりからこだわり、ゼロから畑を耕して有機野菜を生産しています」

店内,シェフ
東京・渋谷区で生まれ育った信太シェフ。「愛着のある街に店を作りたい」という熱き想いから、表参道という土地に店をオープンさせた。


信太シェフは実際に農園を訪れ、野菜の成長具合や天候によってどのような影響があるのかなど、自身の目でひとつひとつ確かめ、生産者の日々の営みを感じることを大切にした。ときには、店でたくさん使いたい野菜をリクエストするなど、深いやりとりをすることもある。仕事の合間には、彼らと一緒に食事をし、野菜作りへの想いを聞くことで、食材に対してしていろいろな見方ができるようになるという。さらに、仕事には直結しないようなさまざまな話が、信太シェフのイマジネーションに良い影響を生むこともあるそう。
「私は料理をするうえで必要な感覚として、日々の勉強に加え、例えば季節の移ろいや何気ない会話など、日常で感じたことを大切にしています。なので、生産者の方々との会話を楽しむことも重要で。その積み重ねによって、その土地の四季が感じられる食材に出合うことができるんです」

愛着を感じる土地で育った食材や人の息づかい、感動した景色を描写するように、ひと皿ひと皿で表現していくのが信太シェフのスタイル。この日のコースの前半に供されたのは「鱧 コロナータ きゅうりの花 ぬか」という一品だ。

鱧,フリット
葛粉をつけて揚げた淡路の鱧のフリットの上に豚の背脂をスパイスやハーブで漬け込んで熟成させた、うまみのある「ラルド・ディ・コロンナ―タ」を。サクサクとした食感が楽しいアーティチョークのフリットとキュウリの花を盛り付けて。その上から、そっと温かいトマトスープが注がれる。


「海のミネラルを感じる一皿を目指した」と語る信太シェフ。深海のようなブルーが美しい器は、有田焼を専門で作るカマチ陶舗にオーダーメイドした蒲地勝さんのものだ。
「鱧のフリットに注いだ温かいトマトスープは、紀州の南高梅のピュレと鰹節と酒を煮詰めたものでだしを取りました」
スープに含まれるトマトのうまみと梅干のキレのある酸味が鱧のふっくらとした食感と絡み合う濃密な一体感が舌に心地よく、じっくり味わううちに身体が内側から温まっていく。

さらに、「キッチンにはぬか床があり、キュウリのぬか漬けを作っています」と信太シェフ。繊細にスライスしたキュウリを添え、日本の伝統的な漬けもの文化をフランス料理に織り交ぜるセンスは、とても新鮮で「ひと皿ひと皿の中で風土や自分の生まれ育ったルーツを表現したい」と語る信太シェフの意思も強く感じられる。

野菜やハーブの美味しさが際立ったからだにやさしいひと皿

メゾンレストランの取り組みとして新しさを感じるのは、『GYRE.FOOD』のベランダで自家栽培したフレッシュハーブを料理やシャンパーニュのアペリティフとしてシャーレに入れて提供するプレゼンテーション。魚料理にはそのフレッシュハーブを香りの要素として添えているそう。

キンキ,トマト,フヌイユ
信太シェフは、料理名を付けずに素材の名前をシンプルに綴るスタイルを貫いている。「キンキ つるむらさき トマト フヌイユ」という一皿。油、炭、熱(サラマンダー)の3種の技法を用いて焼き上げられた網走産のキンキは、パリパリとした食感と脂の乗ったジューシーな白身とのギャップが斬新。フヌイユ(=フェンネル)を煮詰めたソースを絡めると酸味が引き立ち、いっそううまみが広がる。多種多様な野菜の付け合わせも彩り豊か。


さまざまな食材が持つ甘さや酸味、苦味が共存する「キンキ つるむらさき トマト フヌイユ」は、素材本来の個性や味の魅力に改めて気づかせてくれるひと皿だ。
「コースの前半は軽やかさや爽やかさを意識して、素材の味を引き立たせる料理を心がけています。『élan』にいらしていただいたお客様には、野菜の美味しさを感じていただきたくて、多くの皿でいろいろな野菜を意識的にお出しするようにしています。特にいまはこのような情勢で外食を控えていて、レストランで食事をするのは久しぶり、という方も多くて。そういう方のためにも、胃にやさしい味からスタート。徐々にしっかりフランス料理らしい、重めのソースを使ったメニューをお出しする展開を考えています」

メロン,花ズッキーニ,ミント,クラフトジン
最初のデザートは清涼感溢れる「メロン 花ズッキーニ ミント クラフトジン」。メロンとズッキーニという同じウリ科に属す食材を取り合わせた。ミントのジュレやフィンランドのクラフトジン「ナプエ」を使ったアイスクリームの爽やかな味わいが、長い余韻をもたらす。


予約に合わせて焼き上げたパンをサーブする

さらに『élan』では、自家製で作るパンのサーブの仕方に、メゾンレストランの“新しい取り組み”として熱を注いでいる。
「パンのうまみが乗っている瞬間を見極め、ベストな状態でお客様に提供したいという想いから、自分たちの店で“パン屋”もやりたいと思い立ちました。例えばお客様に18時にご予約をいただいていたら、18時にパンを焼き上げるように準備をします。『élan』はもちろん『GYRE.FOOD』でも、テイクアウトで召し上がっていただくこともできますよ」

フランスパン
フランスやイタリアの良質な粉を使ってパンを作っている。カンパーニュは、お客様の予約に合わせて、前日に焼き上げることでうまみを高めるような工夫も凝らしている。


トラディショナルなフレンチをベースに日本の食材の魅力にぐっとフォーカスした信太シェフの料理は、素材への慈愛が感じられ、自らが「美味しい」と純粋に感じた食材だけを用いる、妥協なき歓喜が躍動しているようである。外観の美しさにハッとし、口に運ぶとひとつひとつの素材本来の美味しさや繊細な調味に驚かされる。食事をしながら、食材が生産された背景や食を取り巻く環境について想像し、これからの未来について語り合いたくなることだろう。



「élan」
東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 4F
☏ 03-6803-8670
営業時間
18:00~19:30(L.O)
*現在は、時間を短縮して営業。
10品 15,000円、12品 20,000円
*税・サービス料別
休 日曜日・月曜日(祝祭日の場合は翌火曜日)
https://www.elantokyo.com/

撮影/吉次史成 構成・文/矢島聖佳

※新型コロナウイルス感染症対策として、現在予約は2組限定で承っている。店内やスタッフの除菌の徹底、営業中のマスクや手袋の着用をしている。

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