薬缶

うつわはおもに料理のためのものですが、作家が作るそれには暮らし方や社会の捉え方まで変えてくれるほどの思想があります。それを知ることはアートに心動かされる感覚ともよく似ていて、かかわることで自分の中の何かが変わるような体験。そんなうつわの「名作」をたどる連載の第5話は、中村友美さんの銅の薬缶(やかん)。

薬缶をテーブルウェアにした金工作家

金工作家の中村友美さんは、金属を金槌で叩きながら成形していく「鍛金(たんきん)」という技法で薬缶を作ります。薬缶というと、日本では、必要な量の水を適切に温める用途に徹した、ずんぐりと丸いフォルムのものをつい思い浮かべますが、中村さんのそれは、はるかにモダン。筒型の胴体に、

そっけないほど短い注ぎ口と、細い持ち手をつけたすっきりとした作り。熱伝導率の高い銅を使っていて冷めにくく、湯を沸かしたならば、そのままテーブルに運びたくなる洗練されたフォルム。金属の適度な重さのおかげで、注ぐ時、手元がぶれることもありません。中村さんは、一家に一台、生活の必需品である薬缶を、キッチンの外に連れ出し、美しい道具として住空間に放った人。

槌目
鍛金は、薄い金属の板を叩き続けることで密度を上げ硬く丈夫にしていく技法。槌目(つちめ)と呼ばれる叩き跡が作家のきめ細やかな仕事を物語る。銅薬缶(直径16cm)¥100,000~


中村友美という作家の手から、薬缶が生まれたのは、2008年。金工を始めたのは、ある金工作家夫妻と出会い、その世界に強烈に憧れたからでした。その時、すでに会社勤めをしていた彼女は、休日を利用して鍛金教室に通うことに決め、空き時間には知人のアトリエを借りて制作するというストイックな生活を始めます。そうして最初に作ったのが、薬缶でした。胴体、蓋、つまみ、注ぎ口、持ち手をパーツごとに制作し、精密に組み立てていく薬缶作りには、習熟した技術が必要だというのに、身につけたばかりの技術でもどうしても作りたかった理由を聞いてみると「世の中に欲しい薬缶がなくて。テーブルの上に置いても美しい、見せられる薬缶が欲しかったんです」と潔い答えが返ってきました。

この連載のVol.3 でも述べたように、個人作家が普段使いの道具やうつわを作るようになったのは、いまからたった30年ほど前のこと。それは、変わりゆく食生活や生活様式の中で生じる「あったらいいな」を形にしてきた歴史でもありますが、その中でもこの薬缶がとりわけ魅力的に見えるのは、過去に手本のない、見たことのない形なのに、多くの人が欲しかったものだからでしょう。なぜ、そういうものが生まれ得たのでしょうか。

銅薬缶
コンロにかけ水が温まり始めるとキュルキュルと繊細な音が。やがて沸騰に達する頃、注ぎ口からすーっと一直線に湯気があがる。その景色までもが優美な薬缶は、茶室で使う人も多い。銅薬缶(直径11.5cm)¥70,000〜。展示会でのみ購入可能。 展示会情報は、こちらから。


見えないものを、見える形に

「私は、作るもの単体の美しさより、並べた時や、群れになった時に生まれる空気感に興味があるんです」。中村さんは、作る時、具体的な形より先に、ものとものの「あいだ」に生まれる心地よい感覚を想像します。そこにただようものを、なんとか目に見えるようにしたいというプロセスのなかで、薬缶のお尻のラインや、持ち手と胴体の隙間の距離、注ぎ口の角度などが決まっていくというのです。その作り方には、美大でインテリアデザインを専攻し、プロダクトや空間設計の分野で働いた経験が生かされているようです。

「とくにインテリアデザイン事務所にいた時に学んだことが大きいですね。扉の幅たった1ミリの違いが空間にもたらす違和感、あるいは、心地よさ。スイッチの位置ひとつで異なる余白の見え方など、ディテールの組み合わせが空間を作ることを実感して。スケールこそ異なるけれど、薬缶を作る時もディテールから全体へ。空間作りと同じ感覚を働かせていると思います」

急須,銀メッキ


急須,銀メッキ
作りたい形に対して技術が足りない時には、その都度、教室に通い身につけてきた。急須は銅で作り、職人に託して銀メッキを施す。


それを聞いて、彼女が2018年の個展(*1)で発表した銀色の急須を思い浮かべました。湯を入れる部分の大きさに対して、おおげさなほど大きな、輪っか状の持ち手がついているのです。それがまるで、人の手の動きをたどる線のように見えました。人は急須にお茶を入れる時、茶入を持ち上げ、茶葉を入れ、湯を注ぎ、蓋をして、湯呑みに注ぐ。一連のその動きは、もしかしたら、いやきっと、丸い動きの連続なのではないか。急須の持ち手のディテールが、連続しては消えていく動線のまろやかな重なりを連想させ、空間の中で身体と道具が一体化しながら使われる、気持ちのいい光景が浮かんできたのです。

急須
ぐるりと大きな円を描く丸い持ち手に「おや?」と心奪われて、使うことへの期待が膨らんでいく。急須¥90,000〜


ものの周辺に景色を作る

その前年、大阪のギャラリー「ippo plus」で行われた個展(*2)では、オーナーの守屋里依さんが、中村さんにこう言ったといいます。「景色を作ろう」。会場に設置されたのは、作品を真横から見ることのできる少し高めの展示台、長さはざっと4メートル。その上に自らの手で、薬缶や急須をオブジェのごとく配置していった中村さんは「自分が思い描いてきた心地よさを、初めて人に見せることができたような気がした」と振り返ります。 

この展示を機に、多くの人が、彼女の作品がただの薬缶でないことを知ったのだと思います。たくさんの作品が人々の暮らしの中に旅立ち、同時に注文も相次ぎました。あれから3年。「いまは、作品とともに、その場の空気を持ち帰っていただいているという実感があります」と中村さん。薬缶も急須も器も、どこに持ち運んでも綺麗、かつ場に馴染むわけは、周囲の空気ごと変えてしまう存在感を持つからなのです。

片口


片口
銅の板を叩き形を作る。どこまで続けるか、どこでやめるか。頭の中にある理想の形をどう落とし込むか。すべては叩きながらしか見えてこない。片口はキンキンに冷やして冷酒を注ぐと、極上の美味しさ。片口¥50,000


空間とものをゆるやかにつなげるもの作り

プロダクトデザイナー・柳宗理による、ロングセラーの薬缶について、グラフィックデザイナーの原研哉さんが語った文章があります。「よくできたデザインは、精度のいいボールのようなものである。精度の高いボールが宇宙の原理を表象するように、優れたデザインは人の行為の普遍性を表象している」。人の行為の本質に寄り添ったかたちの探求は、人の暮らしを啓発するというのです(*3)。中村さんが細部から綿密に構築する薬缶は手作りで、柳さんの薬缶は工業製品、アウトプットは異なりますが、中村さんの薬缶もまた、人の行為を表象しながら「こんな見え方もあるんだ」と暮らしの景色を変えてくれるものです。

境界をもうけるのではなく「あいだ」を見てゆるやかにつなげる。インテリアデザインという、外の分野から工芸を始めた作り手が、従来の道具やうつわのありように変化をうながし、明日を変えていくのです。

*1「中村友美展」@西麻布 R(2018.11.2〜11.6)
*2「金属と輪郭」@ippo plus(2017.9.30〜10.8)
*3 原研哉「柳宗理の薬缶」『日本のデザイン-美意識がつくる未来』岩波書店(2011)所収 

衣奈彩子 うつわライター/編集者
(プロフィール)
女性誌編集部を経て2005年独立、子育てをきっかけに家族のおいしい食卓に欠かせないうつわにはまる。なかでも同世代の作家が想いを込めたふだん使いのうつわが気になって仕方がなく、仕事とプライベートの垣根なく作り手と交流し取材を重ねる。うつわを中心に手仕事や暮らしにまつわるテーマで執筆の傍ら、作り手の思いを伝える書籍の編集にも携わる。著書に「うつわディクショナリー」(CCCメディアハウス)、編著に「料理好きのうつわと片づけ」(河出書房新社)
https://www.instagram.com/enasaiko/?hl=ja

撮影/白石和弘
http://shiraishikazuhiro.com/

中村友美・金工作家
(プロフィール)
1981年、埼玉県生まれ。武蔵野美術大学工業工芸デザイン科にてインテリアデザインを専攻。焼物の産地・愛知県常滑市で住宅設備メーカーのデザイナーとして働いていた時に、陶芸家など作り手と親交を深めもの作りに興味を持つ。ある金工作家夫妻の作品に出会ったのをきっかけに金工に憧れ、2008年東京で金工を始める。インテリア事務所勤務の傍ら、休日を利用して作品作りを続けたのち、2010年、制作中心の生活に。2012年奈良にて工房を持つ。現在は、年に3回ほど、国内、海外で個展を行い、作品を発表している。
https://yuminakamura.jp/

>>大丸・松坂屋の5つの特別サービスとは?