贅沢なTea Time

伝統菓子として受け継がれてきた手法や素材の魅力を独自の感性でかみ砕き、型にはまらない和菓子を作る「菓子屋ここのつ」の店主・溝口実穂さん。なかなか予約が取れないと話題の“茶寮体験”を約2時間。茶と菓子のフルコースを愉しむ濃密な語らいが、幸せなひとときへと誘います。

新感覚のお菓子とお茶の時間が五感を揺さぶる。

贅沢なTea Time
昭和初期の街並みが残る東京・浅草鳥越にある「菓子屋ここのつ」。古い材木置き場を改装して作ったという店の扉を開けると、麻のカーテンから透ける光が微かに差し込む。曇天の日は、まるで茶室のような雰囲気のある薄暗い空間に。


店主・溝口実穂さんが偏愛する食材や四季を感じられる食材を使った糧菓(りょうか)※1とお茶を味わえる茶寮「菓子屋ここのつ」。ここでは、茶事のように決まった作法があるわけではなく、溝口さんのおもてなしや会話を楽しみながらお茶とお菓子を存分に堪能することができる。

定員5名の完全予約制2時間の茶寮では、5種類前後のお菓子とそれぞれに合うお茶を提供するスタイルをとっている。席に着いた最初の数分こそ、ほんの少しの緊張が伴うが、経年変化した味わいのあるやかんからトロトロとお湯を蓋碗に注ぐ溝口さんの美しい所作を眺めているだけで、そこに流れる時間がゆるやかに変化していく。

「中国茶を淹れる茶器に用いられる茶こしのない蓋碗(がいわん)は、日本茶の細かい茶葉を抽出するのにはあまり適していないので、ご家庭で普段使いにしている方は少ないかもしれません。でも、今日お出しする宮崎の茶葉は、蓋碗でも大丈夫な大きめの葉ですし、蓋碗で香りを存分に愉しんでいただきたいので」

特別の日のレストラン
溝口さんが拾ってきた枝を使って茶葉を蓋碗へ。安藤雅信さんの銀彩の陶器が茶渋で経年変化している。


湯で温めた蓋碗に茶葉を入れ、そっと蓋碗を差し出し、まずは「香ってみてください」と溝口さん。蓋を開けてみるとその一瞬に芳ばしい匂いが立ち上がり、心地よい香りに包まれる。

「こんなご時世ですし、不安やストレスを感じることでいつもよりも呼吸が浅くなってしまうこともあると思います。だから、私は“むせ返る手前ぐらい”まで香ってください、とお伝えしています」

そう助言してくれた溝口さんは、蓋碗からお茶をいったん片口に移した後、ゆっくりと各人の茶杯に注いだ。

香り高く、美しさを感じられるお茶をいただく。

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溝口さんが長年愛用している茶器は、陶作家の安藤雅信さんによるもの。右側の「輪花宝瓶」でまず茶葉を蒸らし、左奥の片口に移してから各茶杯へと分け入れる。


「お茶を淹れて立ち上る香りを嗅いでいるうちに、自然と呼吸が整ってくるんです。そのときに私自身もいかに呼吸が浅くなっていたかを気付かされることが多々あります。五感の中で唯一脳にダイレクトに伝わるのが嗅覚と言いますし、お茶のいい香りを嗅ぐことは生活の中でとても大切なことだと思います。蒸気に目を近づけてみると血行が良くなって、疲れが和らぎますよ」

茶寮で使っているのは、宮崎産のお茶をはじめ、日本のお茶が多いと言う。

「今日、最初にお出ししたのは『釜炒り茶』というお茶で、工程に『萎凋』(いちょう)という作業があります。収穫した茶葉を風通しの良い所で放置して萎れさせ、茶葉に含まれる酵素によって微発酵を促すというものなんですが、その作業によって芳香が生まれるんです」

ストーリーテラーのように、次々とお茶の魅力を説いてくれる溝口さん。
お茶の個性を見極めるセンスに長けているだけではなく、製法に関する見識も深い。

「『釜炒り茶』の生産国は主として中国ですが、日本でも作られていて、主に九州で生産されています。なかでも私が好んでいるのは、宮崎県産のもの。標高600m~700mの茶畑で有機栽培によって作られる茶葉は、肉厚で香りや味わいの美しさに魅了されるものがありました。中国茶や台湾茶のほうが個性的に香るものが多いようですが、宮崎のお茶は私が知っている日本のお茶の中でも個性際立ったものを感じます」

「和菓子」と形容しがたい、独創的な感性が光る。

「お茶を飲んでいると、お菓子をいただきたくなりませんか?」 と言って、釜炒り茶と供してくれたお菓子は、京都の名物菓子である「州浜(すはま)」をアレンジした一品。

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青大豆きな粉を使って作った団子にはホワイトチョコレートが練りこまれている。


「手でそのまま召し上がってください。大きな口で食べるとむせますので、少しずつ食べてくださいね」と促され、口内にそっと運んでいくと、予想もしなかった温かさに驚かされる。鼻から抜ける青大豆の香り、ホワイトチョコレートの上品な旨みは、2煎目特有のやや渋みを感じるお茶の味と相性がとても良い。

「きな粉の炒った香りではなく、生の豆乳のような大豆の風味が味わえる生きな粉が気に入って、『州浜』という伝統的な和菓子を自分なりにアレンジしてみました。原点は鎌倉時代に京都にあった和菓子店で考案されたものだと言われていて、庶民が食すようになったのは、江戸時代と言われています。」

溝口さんが作り出すお菓子は「和菓子」と形容しがたい、食材の新鮮な組み合わせや食感を追求した調理のこだわりに惹きつけられる。

「親交の深い陶作家の安藤雅信さんが、私の作る料理菓子の間のような品々を『糧菓』と名付けてくれたんです。『和菓子』という型から飛び出したもの。召し上がってくださる人の“糧”になるようなものであるように、との想いが込められています」※1

そんな「糧菓」と呼ぶに相応しい、記憶に残る「景色」が差し出された。

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沖縄に旅した際に教えてもらった「もち粉」を使った郷土料理から着想を得た一品。その美しさはまるで日本庭園の中の景色のよう。


「乾燥ヨモギをお湯で煮出したとき、お湯がとってもいい香りで。そのヨモギの戻し汁ともち粉とお砂糖で蒸して、お餅にしようと。沖縄には『おばあ』と親しみを込めて呼んでいる郷土料理を教えてくれる方がいて、沖縄式の餅の作り方を習ったんです」

多層からなるお菓子の1番上は蕗のおひたし、2層目が春菊のソース。3層目がよもぎ餅、そして、セロリや昆布や鰹出汁で取ったスープが周りをぐるりと囲んでいる。それらを混ぜ合わせると苦味、甘み、塩味が溶け合い、なんとも滋味深い味わいを堪能できる。ペアリングのお茶は同じく宮崎県産のほうじ茶。花のような香気が特徴的だ。

そして、最後のひと皿として出してくれたのは、不忍池を眺めているときに、ふと頭の中に浮かんできた「景色」を表現したもの。生姜と春キャベツ、里芋と白餡を豆乳でのばしたポタージュの甘みと、全粒粉で作ったクレープの甘み、さらに白餡そのもの甘み。この甘みの重なりは、“幸せを食べている”という感覚に。合わせたのは、宮崎さんの紅茶だ。

「紅茶は発酵した茶葉なので、身体を温めてくれる作用があり、今の時季におすすめです。身体を芯から温めないと免疫力も弱まってしまいますし。季節によって服を衣替えするように、お茶も季節によって飲み分けていただくといいと思います。味わい的にも夏は軽めのお茶を飲み、冬は渋めのお茶を飲むといったように」

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「春の不忍池」の景色をイメージしたポタージュ。


そんなひとときの安らぎをかみ締めている間、溝口さんが茶寮のフィナーレとして、坂本九の『上を向いて歩こう』をそっと流してくれた。懐かしい音楽に耳を澄ましながら人生について語り合う。お茶を飲むことの贅沢は、こんな体験を共有し、ゆったりとしたひとときを過ごすことでもあるだろう。

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2014年に茶寮「菓子屋ここのつ」をひとりで始めた溝口実穂さん。6月9日には安藤雅信さんとの共著『茶と糧菓』(小学館)が発売予定。


「菓子屋ここのつ」

東京都台東区鳥越1丁目32−2
完全予約制。予約はWEBにて受付。
http://kokonotsu-9.jugem.jp/

撮影/上原未嗣 構成・文/矢島聖佳

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