明日を変えるうつわの話

うつわはおもに料理のためのものですが、作家が作るそれには暮らし方や社会の捉え方まで変えてくれるほどの思想があります。それを知ることは絵画や彫刻に心動かされる感覚ともよく似ていて、かかわることで自分の中の何かが変わるような体験。うつわは、生活に一番身近なアートといえるかもしれません。そんなうつわの「名作」をたどる連載の第1話は、吉田直嗣さんのモノトーンのうつわ。

黒白のうつわはどう生まれたのか

陶芸家の吉田直嗣さんが作るのは、基本的に黒と白のうつわのみ。色が少ない分、ボウルや花器を筆頭に端正なフォルムに目を奪われます。どのうつわも縁を指先でなぞると、すぅーっという硬質な音を奏でるほど薄く繊細。その繊細さは、口当たりの良さや軽さという使い心地につながっていますが、料理に使い終えたら目に見える場所にひとつだけ置き、眺めていたい。静かな気持ちに浸りたい。

明日を変えるうつわの話
材料は土+灰+αだけ。調合と焼き方により釉薬の流れが生まれ均一ではない白となる。


ものを少なく暮らすことが心地よく感じられるうつわなのです。吉田さんは、うつわを通して「生活はもっとシンプルでいいのではないか」ということを私たちに提案してくれた人だと思います。

吉田直嗣という作家の手から、作品という形でうつわが生まれたのは2003年。最初は黒いうつわだけを作っていました。エッジのきいた端正なフォルムもマットな釉薬も、いま作っているものとほとんど変わらないといいます。黒を選んだのは、師匠である黒田泰蔵さん(*1)がすでに国内外で評価の高い「白磁の人だったから」でしたが、師匠と同じ道は避けたいと黒でいくと決めたはいいけれど、折しも2000年代のはじめは、白いうつわがブームでした。

背景には、90年代初めに起きたバブル経済の崩壊を経て「暮らしのクールダウンを多くの人々が意識し始め、最小限で生きることの豊かさへ。ものがない空間に身を置くことの快適へ」と時代が変化したことにあると指摘する人もいるように(*2)、時代は「持たない暮らし」の黎明期。2000年に出版された『「捨てる!」技術』(辰巳渚著)は、ミリオンセラーとなりました。ていねいに暮らすことにも関心が集まり、「ストーリーのあるモノと暮らし」をテーマにした雑誌「ku:nel」が創刊され、新しい価値観が注目されたのもこの頃です(*3)。

吉田さん本人の記憶をたどっても、雑誌やショップに白いうつわ、とくに粉引などのあたたかみのある食器が多く見られたといいます。そんな「白いうつわの時代」に黒一色のシャープなフォルムで勝負するなんて、無謀かとも思われましたが、暮らしを自分らしく見つめ直したり、持たない暮らしを欲する人たちは、ミニマムであることにもひかれていました。材料は、土+灰+αという、焼物を作る上で最小限の要素だけ。最小限から生まれる瀟洒な造形と、焼物の手触りの両方を備えたマットな黒に共感してくれる人が増えていきました。

明日を変えるうつわの話
明日を変えるうつわの話
白の内側に黒を配す。相反するものを合わせることで見える世界が変わっていく。


吉田さんが、使うものにストイックでミニマムなものを好むのはなぜなのか。富士の裾野の自宅兼工房を訪れた時、その理由に合点がいきました。窓の外には一面の森。まっすぐにそびえ立つ木々の間から、鹿やリスが顔を出す穏やかな風景。しかし冬になると景色は一変し、真っ白に輝く雪と、黒く沈んだ木の幹が強いコントラストをなすモノトーンの世界に変わります。「厳しい寒さの中で植物と動物が力強く生きている。張り詰めた空気なのにすごく綺麗なんです。そういう世界に憧れるんですよね」。

焼物においては、量産ものにあるような均一なフォルムを嫌い、中国の宋時代の磁器のすっきりとしたラインに憧れ、ろくろ成形から生まれる薄さとシャープネスに美しさを見出してきました。黒に絞ったのには、ろくろの美をとことん見せたいという理由もありました。

好きな世界をぎゅっと込めたら モノトーンになった

明日を変えるうつわの話
奥様でアーティストの吉田薫さんとの共作レーベル「cheren-bel」では、ろくろ成形以外の美しいフォルムを追究。定番のオーバル皿は長辺が長めで魚料理やパスタにも使いやすい。


日本の陶磁器の歴史において、黒が使われたのは、おもに茶陶や民藝系の窯元のうつわでした。黒といえば漆器があったことも、黒い焼物があまり食卓にのぼらなかった理由かもしれません。しかし、現代生活に照らしてみると、黒とは、和食にも洋食にも使える用途の広がる色です。パスタやカレーライスしかり、青菜のおひたししかり、だし巻き卵だって吉田さんの黒の上では、パッとモダンな顔をするのも親しまれる理由です。

とはいえ、吉田さん自身は、使い勝手には実はそれほど興味がないといいます。「うつわとして使いにくくては困るけれど、必要以上に使い手にフレンドリーでユースフルである必要もない」という考え方。かといってアートのようなものを作りたいわけでもなく、「うつわであればよい」という制約は、作るうえで拠りどころになっているともいいます。それは、うつわはアートと勝負できるほど、美しいものでありうると信じているからでもあるようです。

明日を変えるうつわの話
白磁中鉢¥7,700、鉄釉鉢¥5,500、鉄釉丸鉢¥5,500、コーヒーカップ¥4,950、鉄釉飯碗¥4,400、花器¥33,000、cheren-belオーバル皿¥9,350(すべて税込み)
問い合わせ http://ynpottery.net/


現在、アート界で活躍する黒田泰蔵さんは「『ろくろ成形、うつわ、単色』という条件の中でものを作ると決めたことで自由になれた」と述べていますが(*4)、この言葉を吉田さんのものづくりに置き換えるならば「ろくろ成形、うつわ、ミニマム」となるでしょうか。

「自分は、決してミニマリストではなく、優美なものもソリッドなものも好きなんですよね。むしろどちらかを選ぶという考え方があまり好きではなくて、中庸がいいと思っています。作品も削ぎ落として作るというより、好きな世界のこちらとあちらのすべてを合わせて、ギュッと入れ込んでいく。それがシンプルに見えるくらいまで圧縮して、生活のうつわの中で見せたいと思うんです」

ミニマムというより、美しいものをぎゅっと込めて生活の中に。思えば、黒とはすべての色を内包するもの。吉田さんが最初に黒を選んだのは、偶然ではなかったのかもしれません。いまでは、白やグレートーンも作りますが、省くのではなく圧縮して生まれるすべてを含んだモノトーンだとしたら、なんと満たされたものであることか。すべてがあるから、これだけでいい。満たされているから、少なくていい。

冒頭に「ものを少なく暮らすことがここちよく感じられるうつわである」と説きましたが、満ちていることから生まれるミニマリズムに触れる時、私たちは、目に見えないものまで感じ取ることができるのかもしれません。明日うつわを変えたなら、見える世界が変わっていきそうです。

*1 80年代より活躍する陶芸家。92年より白磁だけを作り続けている。
*2 白いうつわ 広瀬一郎 「工芸と白」展(「工芸青花」)目録(2017)
*3 2002年に創刊した「ku:nel」は、2016年コンセプトを変えてリニューアル。
*4 『黒田泰蔵 白磁へ』平凡社(2017)

 

衣奈彩子/SAIKO ENA
うつわライター/編集者
(プロフィール)
女性誌編集部を経て2005年独立、子育てをきっかけに家族のおいしい食卓に欠かせないうつわにはまる。なかでも同世代の作家が想いを込めたふだん使いのうつわが気になって仕方がなく、仕事とプライベートの垣根なく作り手と交流し取材を重ねる。うつわを中心に手仕事や暮らしにまつわるテーマで執筆の傍ら、作り手の思いを伝える書籍の編集にも携わる。著書に「うつわディクショナリー」(CCCメディアハウス)、「料理好きのうつわと片づけ」(河出書房新社)
http://enasaiko.com

撮影/白石和弘
http://shiraishikazuhiro.com/

吉田直嗣/NAOTSUGU YOSHIDA
陶芸家
(プロフィール)
東京造形大学で環境デザインを専攻するも一人暮らしで使いたいうつわがどこにも売っていないことに憤りを覚え、友人の誘いもあって陶芸サークルに入部。休日も部室でろくろを引くほど陶芸にのめり込む。世話役として学生を見てくれていた陶芸家・青木亮さんのすすめで、卒業後は伊豆の陶芸教室に勤めるうち弟子を募集していた黒田泰蔵さんに出会い師事。2003年独立し鉄釉の黒いうつわでデビュー。2008年には白磁を始める。
http://ynpottery.net/
 
作品は
「うつわ祥見」
https://utsuwa-shoken.com/home
「graphpaper」
http://www.graphpaper-tokyo.com/
などで購入可能。

>>大丸・松坂屋の5つの特別サービスとは?

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