ひなあられ,菱餅,願い
(画像=Princess_Anmitsu/Shutterstock.com)

3月3日はひな祭りです。ひな祭りには、ひなあられや菱餅を雛人形と共にひな壇に飾ります。カラフルで可愛らしいお菓子ですが、じつはその色にも意味があります。菱餅とひなあられを始め、ひな祭りに欠かせないアイテムに込められた願いとエピソードを紹介します。

桃の節句の起原は、古代中国の「上巳の節句」

ひな祭りの起原は、古代中国で旧暦3月最初の巳の日に実施されていた邪気祓い行事で、川に入り穢れを清める行事でした。この行事が遣唐使によって平安時代の日本に伝わりました。そのころの日本では、お祓いや、身代わり信仰があり、それが古代中国から伝わった行事と結びつき、上巳の節句として日本独自の文化として定着していきました。そして、桃の節句と呼ばれるようになりました。

そもそも、日本における節句は、縁起の悪い日を恐れ、良くないことが起きないようにけがれを祓うための日でした。桃の節句も本質はけがれ祓いの行事です。雛人形、白酒、菱餅、桃の花などひな祭りに欠かせないアイテムも、けがれ祓いのための重要な役割を持っています。

雛人形はけがれを背負わす身代わりであり、白酒と菱餅は身代わりになってくれる人形への報酬という役割があります。

なぜ桃の節句?

では、なぜ桃の節句と呼ばれるようになったのでしょう。古代中国や日本に伝わる神話では、桃の枝や実に魔除け効果があり、鬼や化け物から身を守ったと記されています。桃が単に季節的な旬の花というだけでなく、厄災をはらい、健康を願う、という意味も込められているのです。また、昔話の桃太郎の桃もこういった魔除けの意味が関係しているそうです。桃は花が咲き、実を結び庭木にも良いため、戦国時代にも城の中に桃を植える大名が多く存在しました。

桃の花と雪、新緑をイメージしたとされる菱餅

ひな祭りに飾られている、ひし型の三色の餅が重なった「菱餅」も古代中国から伝わりました。中国では母子草(ははこぐさ)という七草の一つである草を入れた餅を食べる風習がありました。日本では、母と子をついて餅にするとは縁起が悪いとされて母子草の代用として良い香りのするヨモギを用いるようになりました。香りの強いものは邪気を払う力があるとされていたからです。

独特な菱餅の形は、ヨモギの実の形を模して菱型になった、心臓の形を表した、四角形を伸ばした菱型ということで長寿を祈願した、などさまざまな説があります。

菱餅は江戸時代初期に始まりました。当時は、緑色のヨモギ餅と菱の実を混ぜた白色の餅の二色でした。それが、明治時代に入り、くちなしの実を入れた赤色の餅が加わり三色の菱餅ができました。その三色にも意味が込められています。

赤はくちなしの実入り、魔除け、お祝いの色、桃の花を表現。白は菱の実入り、長寿、子孫繁栄、清浄、純白の雪を表現、緑はヨモギ入り、健康、厄除け、新緑を表現しています。

雛あられにも関東風、関西風がある?

あられは、日本の伝統的なお菓子です。その歴史は古く、奈良時代から専門の菓子職人がいたと文献に記されています。カラフルな色味で四季を表し「一年中幸せでありますように」という願いが込められています。

ひなあられは、外でひな遊びをする際の持ち運び用の食料だったと考えられています。そのひなあられですが、現在のは関東と関西では作り方も違えば、形の見た目も味も違うのです。

関東では、うるち米をそのままの姿で膨らませて砂糖で甘く味をつけたものが主流です。これは、江戸時代からあった、お米を「ボン!」と爆発させて膨らませる「爆米」からつくられたそうです。

一方関西では、原料はもち米です。もち米を直径1センチほどの丸い素焼きにし、醤油や青海苔、海老などさまざま味が混ざり、関東と比べると塩辛い味付けです。色味も関東のパステルカラーのあられに対し、濃い色味です。

さまざまな願いとエピソードに込められた、ひな祭り。桃にまつわる意外な意味や白酒や菱餅ににも重要な役割があることが分かりました。昔から伝わるひな祭に込められた意味を知ることで、いつもと違うひな祭りを感じられそうですね。

文・J PRIME編集部

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