画家,ゴッホ,絵画
(画像=PIXTA)

日本では『ひまわり』で有名なフィンセント・ファン・ゴッホ。大胆な色彩と力強い独特の筆使いの画風が印象的で、その激しい画風と性格から情熱の画家や炎の画家とも呼ばれています。

37歳という短い生涯であったゴッホは、晩年に移り住んだ南仏アルルで多くの名画を生み出し、まさに命を削って制作に没頭したといわれています。彼の才能の絶頂期を過ごした街アルルとゴッホのあの「うねり」の筆使いの表現が現れるようになったサン・レミ・ド・プロヴァンスの絵画をめぐる観光スポットを紹介します。

ゴッホの絵画スタイルが生まれた学びの地パリから、名画誕生のアルルの地へ

ゴッホは19世紀後半にオランダで生まれ、27歳で画家を目指し、後にパリに移りました。パリでは、印象派のもつ明るい色彩に、日本の浮世絵からは「速描」という感情を乗せて描く技法を、画家モンティセリからは厚塗りの技法を、たくさんの作家や作品との出会いから影響を受け、ゴッホのあの独特の絵画スタイルが出来上がっていました。

しかし、ゴッホは2年ほどでパリの喧騒に嫌気が指したのか、心身ともにボロボロの状態になっていきました。そして、静養の地として移り住んだのが、南仏アルルです。

南仏アルル ゴッホの名画制作場所をめぐって

南フランス・プロヴァンス地方のアルルは見所にあふれる魅力的な町です。アルルにはたくさんの古代ローマ遺跡が残っています。プロヴァンス地方の美しい風景と中世の佇まい、そして古代ローマ時代の魅力が混在する街なのです。

ゴッホはアルル滞在中、みずから耳を切り落とし入院するなど失意の日々を過ごしましたが、滞在した15ヵ月間に、300にもおよぶ油絵やデッサンを描きました。彼がイーゼルを立てた場所には、それぞれの複製画を配置した案内板が配置され、名所になっています。

『アルルの跳ね橋』はアルル中心部から2キロメートルの場所に位置します、ゴッホが実際に描いた跳ね橋は残っておらず、復元された跳ね橋があります。ゴッホはいろいろな角度から何枚も跳ね橋を描いたことから、気に入ったモチーフだったことが分かります。

『夜のカフェテラス』のモデルとなった旧市街フォーラム広場にある「Le Cafe La Nuitカフェ・ヴァン・ゴッホ」は現在も営業しています。夜、照明により黄色く照らされたカフェテラスをゴッホは描きました。その影響からか、モデルとなったカフェは外壁を鮮やかな黄色にしてしまい、昼間も黄色い外観ですが、夜はゴッホの絵画の景色そのものになります。

ゴッホが耳を切り落として入院した病院であるエスパス・ヴァン・ゴッホは、現在総合文化センターとして使用されています。その庭は100年前に描かれた『アルルの病院の中庭』と変わらず、花々が咲き誇る黄色を基調とした豊かな景色が広がっています。耳切り事件で絵を描くことを禁止されていたゴッホが、再び筆を持つことができた際の喜びのエネルギーが伝わってくる絵です。

ゴッホとサン・レミ・ド・プロヴァンス

サン・レミ・ド・プロヴァンスはアルルから20キロメートルほど北東に位置するアルピーユ山麓の小さな町です。数々の奇行で、アルルの住民から疎ましがられていると感じたゴッホは、自らサン・レミの精神病院に入院しました。『星降る夜』をはじめ、入院中に病院内のアトリエで100点以上の作品が描かれたといわれています。

ゴッホの部屋は再建され見学することが可能です。街から、精神病院だった修道院までの道は「フィンセント・ファン・ゴッホアヴェニュー」と名付けられ、ゴッホが絵を描いた場所がわかるようアルルと名所同様にパネル表示されています。季節にはラベンダーの花々が咲き誇り、美しく自然豊かな街で、ゴッホの名所を巡りながらの散策がおすすめです。

現在、ゴッホ展が東京と神戸を巡回中です。開催に合わせ、ゴッホの人生にフォーカスした映画も上映しています。また、ゴッホの『ひまわり』を見ることができる美術館も、2020年5月にSOMPO美術館としてリニューアル予定です。日本で一番人気がある画家と言われているゴッホ、短くも濃密な人生を堪能する機会に南仏のゴッホを巡る旅はいかがでしょうか。

文・J PRIME編集部

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