五輪後,東京,姿
(画像=dreamstory/Shutterstock.com)

1964年の東京五輪は日本の成長を導く大きな契機となりました。来年の大会でも、本番はもちろん、その後の東京の姿を占う意味で、インフラ整備からソフトに至るまで、五輪にまつわるさまざまな動向に注目が集まっています。

新幹線、高速道路、日本武道館――1964年東京五輪のレガシー

前回1964年の東京五輪の「レガシー(遺産)」で思いつくインフラといえば、やはり「夢の超特急」といわれた東海道新幹線でしょうか。東海道新幹線は東京五輪開幕を目前に控えた1964年10月1日に開業しました。東海道新幹線の開業以前、東京―大阪間を移動するには6時間以上の時間がかかりました。これが、新幹線の開業により東京―新大阪の移動時間は4時間に短縮され、今では2時間半を切るまでになりました。

また、高速道路の整備も五輪を契機に進みました。日本は1950年代半ばから高度経済成長を迎え、モータリゼーションの時代が始まります。人々の所得が伸びるなか、「白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫」が「三種の神器」と呼ばれて生活の豊かさやあこがれの象徴となり、1960年代中ごろには「カラーテレビ・クーラー・カー(自家用車)」が「3C」と呼ばれました。そんな中、1959年に東京五輪の招致に成功すると、五輪の関連施設と羽田空港を結ぶ高架道路については優先的に整備が進みました。1964年の五輪開催までに約32キロの首都高速道路として開通したそうです。前年の1963年には日本初の高速道路として名神高速道路の一部が開通しています。

建造物でいえば、1964年10月3日に開館した日本武道館は東京五輪で初めて正式種目に採用された柔道の会場として活用されました。国立代々木競技場も東京五輪にあわせて作られた施設で、水泳やバスケットボールの会場となりました。2020年の東京五輪に向けては6万8,000人収容の新国立競技場の建設が急ピッチで進んでおり、大会後はさまざまなスポーツや文化関連のイベントに活用される見通しです。

2020年東京五輪の選手村は「街」に生まれ変わる

今回の東京五輪では大会後に登場するマンション群に注目です。2020年の東京五輪では東京都中央区青海に選手村が建設されますが、この選手村は大会後、改築されてマンション「晴海フラッグ」として生まれ変わります。分譲と賃貸合わせて約5,600戸の住宅地が誕生。マルチモビリティステーションや公園、小学校、商業施設なども整備され、都心からも近い18ヘクタールの土地に新しい街が誕生するイメージです。

ソフト面でのレガシーはやはり、スポーツ熱の高まりでしょう。東京五輪のバレーボールでは、「東洋の魔女」といわれた日本代表が金メダルを獲得してバレーボール人気に火が付き、いわゆる「ママさんバレー」が全国に広がりました。アマチュア以外でも、五輪の翌年1965年にサッカーが日本初となる全国リーグ「日本サッカーリーグ」をスタート。これが後のJリーグへとつながります。日本リーグという制度はその後、バレーボールやバスケットボールにも広がりました。

1964年の東京五輪では柔道が男子の公式競技として採用され、より一層の国際化が進み世界的な人気も高まりました。2020年の東京五輪では「野球・ソフトボール」「空手」「スケートボード」「スポーツクライミング」「サーフィン」が追加種目として採用されましたが、日本人選手の活躍とともに新たな人気スポーツが誕生するのか気になるところです。

「5G」によってスポーツ中継の楽しみ方にも変化?

放送の側面からみると、1964年の東京五輪は初めて衛星テレビによるカラー映像による中継が行われ、「テレビオリンピック」とも呼ばれたそうです。東京五輪を契機に日本ではカラーテレビが普及しました。2020年の東京五輪でいくと、同じ年に商用サービスが始まる次世代通信規格「5G」による中継に注目でしょうか。五輪での5Gの活用は2018年の平昌冬季五輪でも実証実験が行われていましたが、たとえば、手元のタブレット端末を通じて、テレビ放送では流れない自分の好きな選手の好きな場面だけを楽しむといった視聴の仕方も可能になるかもしれません。

五輪という巨大なスポーツイベントが残すさまざまなレガシーが東京をひいては日本のその後にどのような影響を及ぼすのか、今から楽しみですね。

文・J PRIME編集部

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